2006年07月02日 

2006.07.02| 及川浩治

皆さんこんにちは。ピアニストの及川浩治です。

せんくらでは、仙台フィルとの共演で、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏します。ラフマニノフは僕の最も愛する作曲家の一人です。偉大なピアニストでもあった彼の作品の中で、最も有名な曲です。ロシア的哀愁を帯びた美しくも悲しいメロディー、ぞくぞくするほどすてきでロマンティックなハーモニー、これでもかってなほどのクライマックス、最高です。

楽しみにしててくださいね。

及川浩治(ピアノ)

(7)2006年07月01日 

2006.07.01| 前橋汀子

今日で最終回です。6月25日から1週間、わたくしのブログを読んで下さってありがとうございました。

「せんくら2006」は、クラシック音楽を身近な存在として多くの方々に聴いていただきたいというその強い願いで企画開催されるということですが、いち演奏家として本当に同じ思いです。

わたくし自身、クラシックを気軽に多くの方々に聴いていただきたいという願いを込めて自分でコンサートを企画してきました。

最初に、多くの方々にどうしたら実際にコンサートホールまで足を運んでいただけるかどうか、
それには・・・

・時間―ゆっくり出来る休日の午後
・手ごろな料金
・コンサートを聴く前、後におしゃべりをしたり、食事をしたり、とトータルで1日を楽しんで欲しい、

などなど。来てくださる方々の側から考えてみました。来年2月12日(月・祝)には、第3回「アフタヌーン・コンサート」をサントリーホールで開催いたします。

「せんくら2006」の、その規模、多種多様性、そして多彩さに目を見張っています!

心からエールをお送りいたします。

多くの皆様方に、仙台にてお目にかかれることが出来、演奏を聴いていただければ大変うれしいです。

もう一度、どうもありがとうございました!!

前橋汀子(ヴァイオリン)

2006年07月01日 

2006.07.01| 加藤洋之

こんにちは、加藤です。最終日は、今週ブログが同時進行していた、ヴァイオリンの前橋汀子さんです。人気、そしてその音楽の素晴らしさともに、まさに我が国音楽界の女王です。

おそらく今までに何百回(何千回?)と本番で演奏してきたであろう小品のような作品に対しても、いつでも同じようにリハーサルに取り組み、さらに新しい発見や、新しい可能性を見出そうとして、ちょっとしたバランスや間、テンポの取り方といったことを、普通に聴いていたら分らないほど微妙に変化させたりして、少しでも音楽を高みへ導こうとしている姿勢に本当に頭が下がるし、心底尊敬しています。

そして、たとえばブラームスのソナタのようなものを合わせているときでも、3時間ぐらい全然休みを取らずに弾き続けるという、すごい集中力とヴァイタリティを持っていて、これはひたすら音楽の確信へ向かっていこうとする、執念にも似た探究心から来ているのでしょう。こうした意識とエネルギーを持ち続けているからこそ、何十年にも亘って第一線で活躍してこられたのであり、またこれから先も、前へ進み続けることができるのだと思います。

華やかな、そして一見エンターテイメント性の強いような小品であっても、全身全霊をその数分に注ぎ込み、媚びるような演奏や、表面的な効果を狙ったりするといったところとは正反対の位置に立ち、感覚よりも心の底に直接訴えかけてきて、そこから真の感動を呼び起こすような音楽をする芸術家であると私は捉えています。ステージで一緒に演奏しながら、本番中にもかかわらず幾度となく心を震わせられてきました。

さらに素晴らしいのは、音楽そのものの持つ原初的な喜び、楽しさのようなもの、あるいはヴァイオリンという楽器が持っている根源的な魅力を振り撒きながら、精神の高みに向かっていくような厳しく深い音楽を同時に感じさせてくれる、もしかしたら、矛盾しているんじゃないか、と思わせるようなことを共存させているということです。

ご自分の本番がないときは、コンサートやオペラ、バレエ、さらには日本の伝統芸能などに、ご自分でチケットを取られて足しげく通われる方でもあります。そこからまた刺激を受けたり、新しいアイデアを得て、演奏に反映させていかれてもいますが、でも直接的には、そのためにというよりも本当に好きで通っていて、楽しんだり感動されてて、時々「この間聴いたあのコンサートは、こんな感じで素晴らしかったのよ。」とか、「バレエを観に行ったのだけど、あの人の動きにはびっくりしたわ。」とか嬉しそうに話してくれるのです。一度、「これ行けなくなっちゃったから。すごく行きたくてやっと手に入れたんだけど・・・」と、国立劇場の文楽のチケットをいただいたこともありました。感受性がずっと新鮮なままで、そして何に対しても好奇心に満ち溢れてて、とにかく若いのです。

いつどんなコンサートのときにも、そのステージの一瞬一瞬に存在の全てをかけて燃焼しつくそうとする前橋さん、仙台での本番が少し違ったスタイルのコンサートなだけに、一体どのようなものになるのか、共演者としてどのような体験ができるのか、いまからとても楽しみです。

本日で私の最初で最後のブログは終わりです。

つたない私の話にコメントをくださった方々、そしてお付き合いくださったすべての方々に深く感謝いたします。どうもありがとうございました。コンサートの場でお会いできることがあればとても幸せに思います。

加藤洋之(ピアノ)

(6)2006年06月30日 

2006.06.30| 前橋汀子

おはようございます。

最初にこの「せんくら2006」のブログを1週間計7本お願いします、と言われたときには、「えぇ、そのブログ1週間分って?」とどぎまぎしました。でも、いよいよ残り1日。明日で終わりと思うと「あら、もう1日だけ??」というそんな気分にもなっています。

梅雨のこの季節、庭の雑草が日に日に勢いを増し、芝生にある白い金属製のテーブルと椅子の足元にまで生い茂っています。このところ、ときどき白い猫がどこからともなくやって来て最初は用心深く椅子の上に乗っていたのに、今日はテーブルの上で長々と気持ちよさそうに寝転んでいます。ゆったりと安心しきったようなその様子はノラ猫ではないようです。白い猫とばかり思っていたら、ガラス越しのこちらから見えるお腹の部分が真っ白で、あちらから見える背中の部分は黒のぶちでした。名前を「ねこチャン」とつけて、やって来た姿を見つけると、しばし彼女(勝手に女の子と決めました!)を眺めています。

先日生まれてはじめてテニスをしました!本当にはじめてだったのです。ラケットを手でさわったこともなかったと言ったら、一緒に行った方たちにあきれたような顔をされてしまいました。「テニスをしたっ」というよりは、コートでラケットを持ってテニスの“マネ”をした、というのが正しいでしょうか(笑)。それがやってみたら、コートでラケットを振り回しボールにはかすりもしなかったのですが、「テニス面白そう〜」「ボレー出来たらいいなぁ・・・」なんてすぐに思ってしまい、、。

それには基礎からしっかり習ったほうが?

でも、やめておきます。翌日、筋肉痛で・・・笑

前橋汀子(ヴァイオリン)

2006年06月30日 

2006.06.30| 加藤洋之

こんにちは、加藤です。

自分がいままで一緒に音楽を作り、そして大きな影響を受け続けている素晴らしい音楽家たちについての話、今日はヴァイオリニストの川村奈菜さんです。
ブリュッセル在住で、ベルギー王立モネ歌劇場管弦楽団のアシスタント・コンサートマスター(女性だからミストレスですね)を務めていて、音楽監督である大野和士さんとの昨年の日本公演にも同行していました。これまでは自分より上の年代の巨匠たちばかり登場しましたが、彼女は私よりもずっと若い世代に属する音楽家です。しかし、誰よりも長い期間に亘っての大切な音楽仲間です。

1994年からブリュッセル音楽院に留学し、イゴール・オイストラフ氏の薫陶を何年間も受けながら、途中パリ音楽院の室内楽科の学生も掛け持ちし、卒業と同時に、その自分の学んだ音楽院で堀込ゆず子さんの助手として、たくさんの学生を教え、その後、モネ管に入団し、前述したポジションに就任しました。アシスタント・コンマスといっても、実際は多くのオペラやコンサートでコンマスを務めるようです。

今に至るまで一体どれだけの、ピアノとヴァイオリンのために書かれた作品を一緒に勉強し、演奏しただろうか・・・。

譜面はたいていヴァイオリン・パート1段+ピアノ・パート2段(増えるときもあるが)の計3段で書かれている。

ソナタと名付けられているものは、それぞれの音が緻密に関連しあい、反応しあって、3段のスコアで書かれた、隙間のない一つの作品として出来上がっている。ヴァイオリン・ソロとピアノ伴奏という発想、あるいは2人の奏者がそれぞれの個性を違った方向にぶつけて、お互い好き勝手に演奏するようなものを2重奏の醍醐味だなどとする感覚は、そのいずれもが実は、曲の書かれている姿を歪曲しているだけで、面白いときもあるが、作曲家がなぜ、どんなイメージで、何を伝えたくてその編成でその音楽を書いたのかというのが後ろに追いやられ、演奏家の姿ばかりが、その音楽自体がもっているエネルギーとは別の次元で、大きく前面に出てきてしまう。偉大な音楽を利用して、何かをしているだけだ。

もちろんヴァイオリン用のショーピースやヴィルトゥオーゾピースの場合は違っていて、オペラの舞台で華やかに演じているプリマドンナと、それを絶妙に支え、導くピット内のオーケストラとの関係のように”伴奏”をするのが、やはり最も譜面の求めているものを実現することになる。
しかし、この編成のソナタというのは室内楽であるにもかかわらず、なぜ、2つの楽器がそれぞれの持つキャラクターを演じながら、1つのものに融合していく作品なんだと理解されないことがままあるのだろうか。

たとえば、弦楽四重奏で同じように演奏して、聴けるものなどあるのだろうか。あるいは、一つのオーケストラで「この楽器はソロ、あとは伴奏」などということもありえない。
伴奏形というようなモティーフをある部分演奏している楽器があったとしても、それはいずれかの楽器に従属しているわけではなく、オーケストラ全体とのバランスを取りながら、その一つの作品を構成するパートに最適な表現を与えているだけだ。あえていえば、その曲に対して従属しているだけである。

二重奏は最も小さな編成にまで凝縮されたオーケストラのようなものと考えています。ただ、そこには指揮者はいません。だからこそ、お互いが音楽的によく理解しあい、遠慮せず同格に譜面全体を読み、融合して演奏し、初めて一つの音楽作品が姿を現してくる。

またあまり気心の知れていないもの同士が、単にテンポや、ダイナミクスのバランスを短時間のリハーサルでさっと整えるだけで本番を迎えたとき、その結果として、もしお互いが舞台上で音による会話をしていないのであれば、それは単に同時に始まって、同時に演奏し、同時に終わったというだけである。

私は2人以上で演奏するとき、「合わせる」とか「つける」とかいう言葉を使うのが好きではありません。リハーサルのことを「合わせ」と呼んではいますが・・・。演奏中にやっていること、それは「反応し合ってる」というのに尽きます。そして、まるでヴァイオリニストが弾いているかのようにピアノが聞こえ、ピアニストが弾いているようにヴァイオリンが聞こえるというのが最高の状態かな、と思います。

ここまで述べてきたことはみな、川村さんと一緒に講習会に行ってレッスンを受けたり、コンサートで一緒に演奏をしてきて、自分の中に強く埋め込まれてきた感覚です。
こうした意識の積み重ねに、その後出会った(今回取り上げているような)偉大な演奏家たちとの共演の際、どれだけ助けられたことでしょうか・・・。

最初に会ったときから、ピアノ・パートを蔑ろにせず、スコア全体に目を配ることができた人で、さらに後に彼女がパリで室内楽を習ったのは、イヴァルディ氏がピアノの名教師&演奏家でもあったせいで、なおさらそれは強固なものとなっていきました。どんなときもピアノのあらゆる音に反応しながら、そこにヴァイオリンという楽器ならではの表現方法、魅力を、彼女のパートに与えられた使命のようにして増幅させていくのです。

勝手に、自己を剥き出しにしているかのように演奏をすると、一見(一聴?)すごいテクニックとテンペラメントを備えた演奏家として大向こうを沸かせやすいのですが、演奏中に反応し合いながら、生まれてくるインスピレーションをそこに共存させ、美しい調和を保ちながら、自由な音楽を奏でていく方がはるかに難しく、高いレベルの音楽性とテクニックが要求されることです。こういったことを彼女の技術面から支えているのは(もちろん、音楽的欲求と結びついていない技術などはないのですが)、ボウイングで、まるで弓が弦に吸い付くようで、そしてスピード、重さ等を自在にコントロールし、どの瞬間の音も生き物のように息づいています。

ヴァイオリンを始めてある程度までは必要なことですが「弓は均等に使って弾くもの、均等に音を持続して出し、決して弦に当たる角度を変えてはいけないもの、浮かせるなんてとんでもない」・・・などという奏法が、いまだにどこかでまかり通っているというのを聞いたことがありますが、それではまったく変化のない、素材としての「音」しか出せない。

でも、彼女のボウイングは、それがたった一つの音でも和音が聞こえてくるし、それが次にどんな和音に変化しようとしているのかさえも分るように音を出します。
だから一緒に演奏しているときは、音さえ聴いていればタイミングから、次にどんな音色がふさわしいかまで全部わかるので、合わせるために「見る」ということが少なくてすみます。その上、彼女のヴァイオリンに反応しながら音楽の中に入って演奏しているだけなのに、出来上がる曲全体の姿というのは、最初にスコアを読みながら、一人で練習していてイメージしたものに非常に近いのです。
これは音楽の志向が重なっているからそうなるのでしょうが。

室内楽には本当に素晴らしい音楽作品がたくさんあって、あれも弾きたい、これも弾きたいという欲求があっても、同じような音楽性とスタンスを持った人に出会わないと、その作品に懐いたイメージをより多く実現できず、お互い、それぞれのパートだけに満足を求めることになってしまいます。そんなわけで、彼女のようなヴァイオリニストに、ヨーロッパで出会うことができ、自分がソロを弾くときの意識となんら変わることなく、たくさんのヴァイオリンとピアノのための作品に演奏の面から接することができたことは大きな宝です。

よく、「ソロと室内楽、伴奏でどのような違いがあるか?」と訊かれることがありますが、その楽譜の求めている最適だと思える表現をしようと努力しているだけなので、どんな演奏形態であってもまったく変わることはなく、重要なのは、それがどんな音楽かだけであり、私にとっては編成などより、モーツァルトとベートーヴェンの違いのほうがはるかに大きいです。

彼女の旦那さんは、ブリュッセルで一緒に学んでいたスペイン人のチェリストで、やはり音楽的感性に溢れた人で、音楽への敬愛と献身的な姿勢に共感することが多く、時々3人で一緒にトリオを演奏することもあります。
もうすぐもう一人家族が増えるようで、そのせいかどうかわかりませんが、3月の末にブリュッセルに行って久しぶりに一緒に演奏をしてみたら、以前よりもさらに暖かくゆったりとした、母性の滲み出てくるような音楽を奏でていて、とても幸せな気持ちにさせられました。

日本で彼女のことを知っている音楽ファンは決してたくさんはいないと思います。「知名度と実力が必ずしも一致するものではないという傾向は、昨今ますます強まっているのではないか」と感じている人が多いと耳にしますが、彼女のような、本物の音楽を持ったヴァイオリニストの演奏を、一人でも多くの方に聴いてもらう機会があることを願っています。

それにしても・・・・・

火曜サスペンスや土曜ワイドの好きな彼女は、日本から送られたビデオをよく見ているが・・・・・
同じ回のをあんなに繰り返し見てて、何故飽きないのだろうか・・・・・

加藤洋之(ピアノ)

(5)2006年06月29日 

2006.06.29| 前橋汀子

ヴァイオリン、って?

起源は馬のシッポの毛で弓を作ることができる、多分中央アジアではないか、といわれている。東西の文化が盛んになった10世紀のころ、シルクロードに位置するその地方から初期の弦楽器タイプのものがヨーロッパに伝えられ、15〜17世紀初期に音色が優雅で繊細な現在のヴァイオリンにかなり近いヴィオールという楽器になった。

現在ヴァイオリン族といわれている楽器は4種:
ヴァイオリン(60cm)、ヴィオラ(66cm)、チェロ(120cm)、コントラバス(200cm)※長さは平均的な全長

ルネサンス期〜16世紀あたりから作られ始めたようだ。特に、16世紀末〜17世紀にかけ、北イタリアのクレモナ(ミラノから南東60km、ロミオとジュリエットで有名なマントヴァに近い)という町で、アマティ、グァルネリ、ストラディヴァリといった優れたヴァイオリン製造職人達によって多くの名器が作り出された。彼らは、それぞれ家族ぐるみ、父子、兄弟で制作していて世襲でその製造技術が受け継がれていた。どうしてクレモナの町が特に優れたヴァイオリンを作り出していたのか、確かな理由はわかっていないが、たぶん・・・
・ニスの作り方に秘伝があった
・最適な材料となる松がその時代この町の周辺に群生していた
17世紀にクレモナで作られたもの以上の楽器が作り出せないのは「なぜ?」かということは、21世紀の現在までも明確に説明できない。

ヴァイオリンは魂が紡ぎ出す楽器!? なぜなら、ヴァイオリンの中に“魂柱”という5cmほどの、例えて言うなら割り箸状のものが入っていて、その魂柱の位置、調整によって楽器が適正に音を出し、演奏できるようになっているから。“魂柱”と日本語で訳されていますが、ヨーロッパの他の言語でも“魂”という意味合いの言葉で呼ばれています。
ところが、英語だけは誠に無味乾燥な「Sound Post=音響/音の柱」なのです!

ヴァイオリンとは、、、ほんのさわりですが、簡単に。

前橋汀子(ヴァイオリン)

2006年06月29日

2006.06.29| 加藤洋之

こんにちは、加藤です。唐突ですが、昨日までのテーマから離れてしまいます(明日から戻ります)。フランスvsスペインの試合に感動したので・・・。

ここ何年もの間、フランスサッカーの凋落がいたるところで語られていました。そして実際に今回の予選リーグでもかろうじて勝ち上がったものの、私は魅力を感じ取ることができませんでした。私の大好きなアンリも空回りを続け、どこら辺に強さがあるのかもまったく見えず、なんとなく漠然としたプレーに終始しているようにしか感じなかったのです。

ところが昨日の試合では、あの流れるようなフランスチームのスタイルが、何年もの時を越えて戻ってきたかのようでした。攻撃的、闘争的なものとは別の価値観でプレーしてるんじゃないか、と思ってしまうほど美しいのです。

ボールがレガートのかかった旋律のようにピッチを曲線的に、澱むことなく廻り続け、とにかく音楽的でした。
その中心にいたのは、もちろんジダンで、この大会でチームが破れたそのとき、この史上最高のプレイヤーの歴史に終止符が打たれます。

昨日の試合、ここ数年の衰えがうその様に、最初から最後までピッチ上に大きな軌跡を描き続けました。走っているというより、まるで氷の上を縦横無尽に滑っているようで、ボールや両チームの選手たちがそれぞれ連動して動いているさまは、極上のオーケストラの奏でる音楽を目の当たりにしているようでした。

太陽が地平線に沈もうとしているそのとき、一瞬、さらに巨大になったかのように見え、何倍もの輝きを放射するのを思い出しました。もう二度と帰ってくることのない瞬間、瞬間が美しく流れていく・・・。夕映えの中にいるかのような惜別の念が重なり合い、試合後にもずっとノスタルジーにも似た余韻が残りました。
本当に美しかった・・・・・

加藤洋之(ピアノ)

(4)2006年06月28日 

2006.06.28| 前橋汀子

昨日に引き続き、今日はもうひとつの“コース”<前橋汀子特選ヴァイオリン小品名曲2>の曲目解説を。

○クライスラー(1875〜1962): 愛の喜び
クライスラーは、ウィーン生まれの大ヴァイオリニストでもあった作曲家。古いウィーンの民謡を題材にして作ったウィーンの舞踏曲で、明るくはずむような洒落た曲。

○クライスラー: 愛の悲しみ
「愛の喜び」とは対照的な感傷的で憂いを含んだウィンナ・ワルツ。

○クライスラー: 美しきロスマリン
英語名は「ローズマリー」で花の名前だが、少女の名前でもある。「愛の喜び」、「愛の悲しみ」と3部作としてよく知られている。

○モーツァルト(1756〜1791): ヴァイオリン・ソナタ第25番 ト長調 K.301
モーツァルトが22歳の「マンハイム=パリ旅行」のときに作曲したソナタ集のうちの1曲。のびやかな主題を歌ってはじまる第1楽章、可憐でもの悲しいロンド形式の終曲からなる全2楽章のソナタ。

○マスネ(1842〜1912): タイスの瞑想曲
独奏ヴァイオリンが中心の、歌劇「タイス」の間奏曲。今日では単独でオーケストラと、またはピアノと演奏されることが多い。

○ブラームス(1833〜1897): ハンガリー舞曲第1番 ハ短調
ハンガリーのジプシーや農民の音楽をもとに、ピアノ連弾用として原曲は作曲された。全21曲からなり、第1番はチャルダーシュ舞曲。哀愁をおびた旋律がひたひたと押し寄せるように歌われ、中間部に転じ、ふたたび最初の旋律に戻り大きく巻き上がり吹き抜けるように終わる。

○サン=サーンス(1835〜1921): 序奏とロンド・カプリチオーソ
ヴァイオリンの華麗なテクニックと、哀愁おびたスペイン風の独特の主要主題のロンドが見事な曲。天才的ヴァイオリニストのサラサーテに献呈された。

これでコンサートのプログラムご案内と解説は終わります。さて明日は・・・?

前橋汀子(ヴァイオリン)

2006年06月28日 

2006.06.28| 加藤洋之

こんにちは、加藤です。この7日間、私と何年も一緒に演奏を続けてきてくださっている方たちについてお話ししようと思っていました。しかし、この間の4、5月に一月以上に亘って断続的に、初めて共演をした、クラリネットの巨匠、カール・ライスター氏の印象が強烈だったので、今日は彼について少しだけお話しさせていただきます。

最初のリハーサルはまったく、何一つといっていいほどうまくいきませんでした。私は、初対面の音楽家と初めてリハーサルをするとき、それがいいのか、悪いのか判らないのですが、無意識のうちに、ひとつひとつの作品において、その人が、どんな音楽をやろうとしているのかを、またその人特有の音楽言語ともいうようなものを探るべく、全身がアンテナのような感じになって、それまでの準備の間に醸成されてきた、自分の主張のようなものをあまり前面に出すことなく1回目は弾く、というのが習慣になってしまっていたようです。

1回でも音を出してしまい、また相手の音も聴いてしまえば、その数分後にはかなり図々しい演奏に豹変するのですが・・・。ところが彼も同じスタンスで臨んでいたようで(あとで解ったのですが)、「何でそんな風に弾くのか分らない」とか、「そんな神経質に弾かれたら、こちらもナーヴァスになって演奏できなくなる」、・・・そりゃそうです。向うもこちらを探って吹いてるし、それを聞きながら弾いているこちらもさらに探ってしまう・・・挙句の果てには「ピアニストというのはどうして皆、云々・・・」「この日程は、云々・・・」などと、半ば他で作ったストレスの八つ当たりじゃないか、と思わされるような事態になっていきました。

実際その日彼はとても疲れていたし、色々なことが思った通りにいっていなかったらしいのです(これも後に分ったのですが)。そしてまったく響きのない、天井の低い、吸音されまくりのスタジオで、小さいピアノのふたの真横にいたので、素っ気ない、無味乾燥な、まったく非音楽的なハンマーの衝突音しか聞こえないわけですし・・・。しかしあとで彼はその条件に気がつき、納得していました。

彼はベルリン・フィル時代からもう本当に完全主義者で、あらゆる歌い方や音色、テンポ感を試みた上で、もうそれしかないというような、考えに考え抜いた究極の姿になったものを、さらにそれとは気づかせずに完璧なテクニックで自然に聞かせる、といった感があるので、そことかけ離れたものが同時に鳴っていると思った瞬間、何をどうしたらいいか深く悩み始めてしまうようです。そんなわけで一回も通すことなく、1小節単位で止まってしまうので、こちらも訳が分らず、本番ではただもう音を並べているだけの、音楽的感興の溢れた演奏など程遠いものになるんじゃないかという気になりました。

でも、次のリハーサルを違う場所に移した頃から様子が変わり始め、最初のコンサートの前日に、大変素晴らしい音響のホールでリハーサルをした後、とてもよい雰囲気になりました。彼も私も、初対面の相手に対して顔見知りする、というか緊張するタイプなので、それが打ち解けてきたというのも大きかったと思います。そして何よりも最初、自分が決めたどんな細かい部分もまったく動かさずに、ひたすらそれを実現させる作業として演奏してるんだろうか、とさえ思わされたのが、実はその反対で、共演者の音楽や、聴衆の雰囲気、ホールの響きに敏感に反応して湧き上がるインスピレーションを、最も大切にする演奏家だと分りました。

本番でその状態を作り出すために、どんな下ごしらえをしておくか、ということに専念しているリハーサルと分り、また彼も私がそれを理解したと気づいたようで、その時からずっとお互い信頼しながら楽しく“音楽”ができるようになりました。結局私もリハーサルというものの意味づけが似ていたようで、初めに相手の音楽に注意深く耳を傾けるのは、どのように自分の感興を共存させられるか(もし相手と方向が違うようなものだった場合は特に)を探るプロセスだし、それがないと、一体化した一つの作品をいつまでも作り上げられないのです。ただ単に同時に音を出してるだけで・・・。その状態が出来上がってしまえば、もう安心していくらでも演奏中のテンペラメントに身をまかせて弾けるし、ハプニングさえも楽しむことができ、そこから思いもよらなかったインスピレーションが湧いてくるので、その場でしかありえないような、1回きりの生きた演奏を生み出すことができるようになると思っています。

最初のコンサートで取り上げた作品の中に、現在出版されているものと、第1稿との間に、多くの相違があるものが含まれていました。いまの譜面では、最後に音楽を完結させるためのピアノ・パートに和音が2つあるのですが、出版されていない最初の譜面では、それが無くて中途で終わるようになっているのです。彼は「そっちでいこう」と言うので、本番ではそのように演奏しました。なぜ、その方がよかったのか・・・・・
「しばしば人生において、解決しないとか、結論にたどり着かないほうが素晴らしいことがある。なぜなら、夢や希望、あるいは不安を持ち続けていられるということだから。それはとても美しいことだ。」・・・などと言うのです。
これってまさにドイツ文学のようで、彼の論理的な、計算しつくされた音楽の根底には、このようなドイツ・ロマン的感覚が脈々と流れていたのです。

松山でのコンサートでも印象的なことがありました。ちょうど40年前の春に、カラヤンとともに初めて来日した彼は、いたるところで桜が舞い、当時の温かく献身的に親切な日本人たちに出会ったこの国を、本気で「夢の国だ」と思ったそうです。今回の松山の会場は、彼が40年前にベルリン・フィルで演奏したのと同じ建物内の中ホールだったのですが、「どうしても、あの時の大ホールにちょっとだけ入ってみたい。」ということで、スタッフの方々のご好意により、ステージを空けてもらいました。
彼はスタッフから離れてステージの真ん中に無言で歩いていき、しばらく物思いに耽った後、楽器を取り出しました。そしてベートーヴェンの7番のシンフォニーの、2楽章のクラリネット・ソロを無人の客席に向かって吹き始めました。それは40年前、その同じステージでカラヤンと演奏した曲目です。その姿を見ていた私の心には不思議な感動が広がっていきました。

彼は来年70歳になり、またプロの演奏家としてステージに立ってから50年目という節目の年を迎えます。
各地でそれを記念したコンサートが企画されているそうです。きっと彼がこれまで歩んできた道のりのすべてが凝縮された、感動的な演奏を聞かせてくれるに違いないと、個人的にもいまからとても楽しみにしています。特別なときには特別な思いがこもってしまうタイプの演奏家だということをもう私は知っています。何といっても彼は「歩くドイツ・ロマン」なのですから。

それにしても・・・・・

健康に気を使っている彼は、
「日本食が一番ヘルシーなのだから、日本にいるときはできるだけ他のものを食べないよう心がけている」と言うのですが、すし屋でウニばかり10巻も注文し、大トロも一緒に食べるというのは如何なものだろうか・・・・・

追記 :コメントをくださった佐藤寿子さま、私も同意見ですよ。

加藤洋之(ピアノ)

(3)2006年06月27日 

2006.06.27| 前橋汀子

では、最初の“コース”<前橋汀子特選ヴァイオリン小品名曲1>の曲目解説を。

○エルガー(1857〜1934): 愛のあいさつ
「威風堂々」の行進曲で有名な近代イギリスを代表する作曲家、この曲は1888年にピアノ曲として書かれました。ヴァイオリンをはじめ、チェロやフルート用にも編曲、演奏されています。

○ベートーヴェン(1770〜1827): ヴァイオリン・ソナタ第5番 ヘ長調 op.24 「スプリング」
ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタの中でも最も明朗で、そして優美でロマン的な感情を色濃く漂わせている曲。いつからともなく「春のソナタ」と呼ばれています。

○ドヴォルザーク(1841〜1904): わが母の教え給いし歌
歌曲集「ジプシーの歌」の第4番で、ボヘミアの詩人アドルフ・ヘイドゥーの詩を歌曲にしたもの。

○シューベルト(1797〜1828): アヴェ・マリア
原曲はスコットの「湖上の美人」から詩をとった、乙女エレンが父の罪が許されるよう湖畔の聖母像に祈る歌です。ドイツのヴァイオリニスト・ウィルヘルミがヴァイオリン独奏曲に編曲して大変有名になりました。

○ヴィエニャフスキ(1835〜1880): モスクワの思い出 op.6
ポーランド出身の作曲家で、また近代ヴァイオリン演奏法の基礎を築いた大ヴァイオリニストでもある彼が、よく知られたロシア民謡「赤いサラファン」を使った豪華で自由な幻想曲。ピアノが主題を奏し、ヴァイオリンが技巧を駆使しながらさまざまに変形させていき、途中から別なメロディーも現れる。

○ブラームス(1833〜1897): ハンガリー舞曲第5番 嬰ヘ短調
ハンガリー・ジプシー舞曲の4分の2拍子のチャルダーシュを素材に、素朴でしかも格調高く作り上げられた、もとはピアノ連弾用(全4集21曲)の作品。親友で指揮者としても有名なヴァイオリニストのヨアヒムがヴァイオリン用に編曲。この第5番は、主部は情熱的で流麗な旋律、中間部は静と動が激しく交差するリズムが刻まれるジプシー音楽の特徴が際立っている全21曲中でも有名な曲のひとつ。

前橋汀子(ヴァイオリン)

カテゴリー