
島根入り。台風が近づいているとの事で、「のだめコンサート」のソリスト2名も前倒しに出雲に飛んでもらう事にしたようだが、ぼくは現地アマオケ合同演奏のリハよりもさらに一日早く入る。
それというのも、この仕事の日程で、どうしても行っておきたい場所があったからだ。
それは、映画「白い船」(錦織良成監督:2002)のロケ地。
島根県の雲南(加茂町コンサートホール:ラメール)でのコンサートはずっと以前から決定していたのだが、今年のある休日に、タイトルに魅かれて(ぼくは無類の船好き)CATVから録画しておいた「白い船」を見てものすごく感動してしまい、「え?島根?近い?行く行くいくいく!!」とその場で決定して、日程を死守してあったのだ。
この映画は、日本海海岸ぞいのがけの上にある、全校生徒10名ほどの小さな小学校が舞台。辺りは森と海、空と雲があるだけの、本当に小さな漁村だ。沖合をのんびりと進む白い船を子供が発見し、その船が同じ曜日の同じ授業時間にいつも通るところから、その時間になると双眼鏡で(先生も一緒に!)その船を待ちわびるようになってゆき、ついには船長さんとのfaxのやりとりなどをきっかけに全校生徒はその船に招かれて、沖合から自分たちの学校を見ることができる、という物語。
いかなるムリヤリな盛り上げ方もなく、過剰な演出もなく、ひたすらに自然と人と子供たちを愛情あふれる映像で追いながら進む素晴らしい映画。
今回公演する雲南が、また宿泊する松江が、舞台になった平田町へクルマならば数時間の行程で往復できることを知り、その漁村、学校、海岸を歩き、空気を吸い込みたい、という夢がふくらんだ。
出雲空港に到着してレンタカーを借り、カーナビにその小学校を入力して出発。
映画で見慣れたままのトンネル、カーブを曲がると、想像をはるかにこえた広がりと美しさで海が見えてくる。
道路が非常に高いところを通っている事、そして切り立った岬を回り込むようになっていることで、眼下の視界全体が海になる。飛行機の着陸を自分で行っているような感覚。
学校は、行って見たら校庭で授業中だったのでお邪魔しないように立ち去り、漁港を見て回る。海も風も山も(本当に、漁港の背後は舞台の書き割りのように切り立った山になっている。)美しく、遠く見晴らす多くの岬、赤い灯台、静かに揺れる漁船の数々が初秋の陽光にきらきらと目を楽しませる。
授業の終る頃、もう一度学校に行くと、校舎のほうから「こんにちは!」と呼び止められて、教頭先生に学校内を全部案内してもらった。
校長室で優しい校長先生とコーヒーをいただくというお客様待遇となり、奥様が声楽家だったり、音楽の先生はのだめコンサートのチケットを買っておられたり、ということが判明し、こっちの身分もバレて(?)きて、校長先生たちをコンサートにお招きする約束をして、夕方の海を見ながら松江に向かった。
帰り道、車でも苦しい坂道を、11人しかいない子供のうちの兄弟が、ゆっくりゆっくり歩いて上っていた。こんな自然の中を毎日、長い時間を歩いて学校に通う生活。この子たちが映画ではお神楽を演じている体育館で、あるいは校庭で、ベートーヴェンの交響曲を聴かせてあげたい、と、舞台の配置図までが頭を巡った。