第3回 アンチから入った「小澤征爾」
私が小澤征爾さんの存在を知った1970年代、小澤さんの音楽活動は海外が中心だったんです。
だから、私にとってはまるで外国の人でした。たまにテレビで見ても、かっこいいアイドルが指揮をしているという感じで、どちらかと言うと私は「アンチ小澤派」でしたね。「彼はスターではあるけれど、どうせエリートだから」と思い込んでいた節がありました。
しかし、小澤さんの活躍ぶりがテレビで度々紹介されるようになると、そのイメージは一変しました。
彼の指揮姿はとても絵になるし、オーケストラの団員から信頼されているのがよく分かったんです。
その人心を掌握することにも長けたカリスマぶりを見て、さすがは名門ボストン交響楽団を長年率いているだけのことはあるなと、遅まきながら感心しました。
有名な写真家の木之下晃さんが、「小澤さんは、写真を撮っていて本当に面白い」とよく言っています。
私もそう思います。彼は表現意図が明確で、しかもそれが全身からわき出る指揮者ですね。
ですから小澤さんのまねをするのは楽しいですし、お客様の反応もいいので、私の芸には欠かせない存在です。
小澤さんをご存じの人は多いので、ライブ会場や寄席でお客様を指揮者芸に引き込むときは、ポピュラーな入り口として使わせてもらっています。口先をニワトリのようにとんがらせたり、汗びっしょりな指揮姿を表すのに霧吹きを使ったりと、いろいろデフォルメしていますね。
私が活動を続けられるのも、小澤さんがクラシック界の中心にいて、しかもその枠を越えて活躍してくださっているおかげだと感謝しています。
私はこの芸をやり始めた頃から、小澤さんの物真似はずっと主要なレパートリーにしていました。
おそらくこんなことをしている芸人(私)なんて、世界の小澤征爾さんにはばれるわけがない。
だから、思いっきりデフォルメしてもいいだろうと思いながら…。
ところが小澤さんが音楽監督をしている「東京のオペラの森」で、お仕事が一緒になりました。
「タクトさんのこと、小澤さんはとっくに知ってますよ」と小澤さんのマネージャーから言われました。
たしかに、テレビで演じるときは必ず小澤さんの物真似はよくしてたし、
小澤さんのネタはカットもされずに放映されてきました。それにしても…。
ヒャッーっと、冷や汗は出ましたが、ご本人はけっこう楽しんでいるみたいとの噂に意を強くし、ますますデフォルメしまくっているきょうこの頃です。
小澤さんをまねするときによく使うのは、マーラーの交響曲第2番「復活」です。フェルマータを演歌のように思い切り伸ばしたり、合唱の部分で一緒に歌ったり。
音楽と演奏家が一体になっている雰囲気を出せるのが魅力だと思います。
「復活」以外にも、ベルリオーズの「幻想交響曲」や、ヨハン・シュトラウス1世の「ラデツキー行進曲」などの曲でもまねします。小澤さんはどんな曲をまねしても絵になりますけどね。
好田タクト(パフォーマンス)
はじめまして ル・キャレの熊谷昇子です。
幼少より加藤詢子先生にマリンバを習いました。
今は時々、詢子先生と一緒に演奏をさせていただき、
とても嬉しく思っております。
“ル・キャレ”のメンバーは、とても明るくてとにかく元気!!
(特に詢子先生と、鶴岡先生が元気です。)
打ち合わせや練習はいつもにぎやかです。
私は、登米町出身です。
旧登米尋常小学校に通っていたこともありました!
北上川はとても雄大!きれい!
作曲する時、登米の自然の景色を思い浮かべる事が、よくあります。
登米町、みやぎの明治村で たくさん遊んで育ちました(^_^)/
登米の「あぶらふ」「うなぎ」大好きです。とっても美味しいんですよ♪
現在は富谷町在住です。
夏は、富谷でブルーベリーの摘みとりができます。
富谷のブルーベリーゼリーも美味しいです!
目が疲れた時に時々食べます。
秋にはと十三夜のお祭りがあります。
マーチングも盛んです♪
私には今年百歳になる祖母がいます。
いつも私の演奏活動を応援してくれます。
昨年の敬老のお祝いに富谷の若生英俊町長が訪問してくださいました!写真には写っていませんが、このとき詢子先生もいらしたんです♪
10月4日に祖母が聴きに来るかもしれません♪
熊谷昇子(ル・キャレ)
今日は、ワイマール観光について書きたいと思います。小さい町なのでそんなに時間がかからないかなぁ、と思っていましたが、全部徒歩でまわったせいか、あっという間に時間がたってしまいました。
まず、駅からブラブラと町の中心地に歩いて行くと、とても小さな教会を発見。なんとなく中へ入ってみると、なんとオルガンの演奏の最中でした。小さなオルガンではありましたが、低い低い低音から天に抜けるような高音まで、体に浴びたような感覚でした。
演奏のあと教会の説明書を読むと、なんとゲーテが結婚式を挙げたり、シラーが埋葬されたり(今は、別の場所に移されゲーテと仲良く並んでいるそうですが…。)している由緒ある教会ということがわかり、びっくりしました。
教会から、さらに中心地に向かって歩いて行くと、今度は劇場を発見。なんと、リストが指揮をしていた所で、ワーグナーのローエングリンの初演が行われた劇場だそうです。
昼食を食べたあと、今度はゲーテの住んでいた家へ。ゲーテは、物凄く裕福だったそうで、まるで迷路のようなお屋敷でした。収集が趣味であっただろうたくさんのお皿を飾ってある部屋、石ばかり飾ってある部屋、絵を鑑賞するための部屋…など一つ一つ、違う目的の部屋がたくさんありました。このような環境で暮らしていたからこそ、あれらの作品が生まれたんだなぁ、と感じました。仕事部屋(他の部屋に比べると、とっても広い!)と、小さな寝室が隣接していて、そこに展示してあるベッドで亡くなったそうです。家の裏には立派な馬車も展示されていま
した。今の感覚で言えば「超高級な車と車庫」という感じでしょうか?
ちょっと長くなってしまったので、続きは、また明日(^_^;)
引き続き、お楽しみに!!
【添付写真】
1.ゲーテが結婚式を挙げたヤコブ教会
2.ローエングリンの初演が行われた劇場。前にたっている銅像は、ゲーテとシラー。
3.ゲーテの家の前に待機していた、観光用馬車。乗りたかったんだけど、時間が足りなくなっちゃったので、断念しました(>_<)
漆原啓子(ヴァイオリン)
第2回 あこがれの指揮者「チェリビダッケ」
ドイツで活躍した、ルーマニア出身のセルジュ・チェリビダッケは、
私にとって「神様」とも言うべきあこがれの指揮者でした。彼と出会ったのは、クラシックに思いっきりのめり込んでいて、ブラスバンド部にも入っていた高校時代です。
最初に見たのは、テレビで流れていた来日公演の演奏でした。曲はムソルグスキーの「展覧会の絵」。
その時、自分のそれまでの想像範囲を超える、衝撃的な解釈の数々に打ちのめされました。
念願のチェリビダッケの演奏を実際に聴くことができたのは1996年。
彼が最後に出会ったという名楽団、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地ガスタイクでの定期演奏会です。彼が登場しただけで、満場の聴衆はスタンディングオベーション。
その時の光景は今でもはっきりと覚えています。
この日の後半に演奏された、ベートーベンの「交響曲第2番」第2楽章の途中では、私の隣にいたご婦人が突然泣き始め、会場のあちらこちらからも聴衆のすすり泣きが聞こえてくるほどでした。
それでもチェリビダッケは、感情を全く乱さず、終始穏やかに音楽をコントロールしていました。
演奏が終わると、会場は興奮のるつぼで、百戦錬磨の演奏家たちも放心状態でしたね。
演奏を終えたチェリビダッケは、いつものように禅のスタイルで合掌をしていました。
禅に傾倒し、輪廻転生も信じていたと言われる彼はこの時、誰に手を合わせていたのでしょうね。
私は「もう一度来るぞ」と心に誓い、同年に再びガスタイクを訪れましたが、私の神様は既に亡くなった後。あの日が最後の演奏会になりました。
彼のまねのポイントは、いつも頑固で、孤独で、ニコリともしない表情ですね。そして、むちをたたくような大きな振り方も特徴です。私のステージの最後を飾るのが朝比奈さんなら、最初に持ってくるのはチェリビダッケというくらい、私の中でこだわって大切にしている指揮者ですね。
好田タクト(パフォーマンス)
みなさんこんにちは。
ル・キャレの緑川葉子です。
私は仙台で生まれ、仙台で育ちました。
今回仙台での演奏の機会をいただき、
大変嬉しく思っております。
実は…隠していたわけではありませんが、発足時から数年間、仙台ジュニアオーケストラに在籍しておりました(年がわかってしまいますね…)。
仙台フィルの先生方の楽しいご指導のおかげで、今も太鼓を弾き続けることができています。
当日はマリンバを演奏しますが、太鼓もチョクチョク出てきます。
どうぞ楽しみにしてください。
緑川葉子(ル・キャレ)
今、私はドイツのライプツィヒに講習会で来ています。今日はワイマールまで、講習会の生徒さん達と一緒に観光に行くので、二日目のブログはその「実況中継」といった感じで、お送りしたいと思います(^-^)v
ライプツィヒは、バッハがオルガンを弾いていたトーマス教会があり、また、メンデルスゾーン、シューマンなどが住んでいた場所でもあります。今日行くワイマールは、リストやゲーテ、シラーが住んでいたそうです。
今、このブログは、ワイマールへ向かう電車の中で書いています。これからリストやゲーテの住んでいた家などに行く予定です。いつもは本や楽譜からしか感じ取れないその作者の住んでいた町、そして、家などを訪ねると、また違う面を感じることが出来、楽しいです。町などは、もちろん当時とは違うのでしょうけれど、日本のように劇的な変化はなく、当時の面影は充分に残っているので(建物も、地震がないので1800年代の建物もたくさん残っています。)ゆったりとタイムスリップしたような気分になります。日本の便利さもいいけれど、必要最小限の
もので人間は幸せに暮らせるもんだなぁ、と、何だかつくづく感じます。
では、ワイマールからの実況中継は、また明日のブログでも引き続きお送りしたいと思います(^_^)お楽しみに!
漆原啓子(ヴァイオリン)
第1回 焼きそばを混ぜるように「朝比奈隆」
最初に取り上げるマエストロ、指揮者は朝比奈隆さんです。
2001年12月29日に93歳で亡くなったときも生涯現役、世界最長老指揮者として君臨されておられました。
私は小学生のころから指揮者のまねをして、みんなを笑わせるのが好きでした。
当時よくまねをしたのは、「帝王」と呼ばれたヘルベルト・フォン・カラヤン。箸を片手に、目をつぶって格好よく振り、一人悦に入ったものでした。
しかし、次第にそうした格好よさよりも、メリハリがあって大御所の風格をたたえた指揮者に魅力を感じ始めます。やがて、レオポルド・ストコフスキーやカール・ベームのようなげんこつで指揮する人を好むようになりました。
ところが、1981年にベームが亡くなったんです。彼に代わる現役の巨匠を探していたころに、ちょうどブレークし始めたのが朝比奈隆さんでした。彼は私の地元、大阪フィルハーモニー交響楽団の音楽監督でしたから、演奏会に何度も通いました。そのうちにどんどん好きになっていったんです。朝比奈さんが年を重ねるにつれ、風格を増してゆく姿にも感動しました。
朝比奈さんのまねをするときに一番困ったのは、彼の白髪に似たカツラがなかなか見つからなかったことです。
それで、NHKの番組「あしたもげんきくん」に出演していたころに知り合った老舗のカツラ屋さんのもとへ、番組出演終了後、働きに行くようになったんです。そこで朝比奈さんの写真を見せたところ、ぴったりのカツラをプレゼントしてくれました。
カツラの素材がいいと、物まねの雰囲気も自然と映えるものです。このカツラは毛を1本ずつ植えて、色も細かく丁寧につけてあります。かぶるだけでお年寄りに化けられるほど見事な出来です。
もう15年以上愛用していて、もし、盗まれでもしたら、私は明日から仕事ができないくらい大切な相棒ですね。
朝比奈さんをまねるポイントは、焼きそばをかき混ぜるような円運動でタクトを振るところです。
よく使う曲は、晩年の彼が得意としたベートーベンやブラームス、ワーグナーなどドイツの重厚な作品ですね。
彼の演奏終了後の儀式だった「スタンディングオベーション」と「ブラボーの嵐」が起こりやすい選曲と芸を心掛けています。最初は穏やかに登場して、指揮まねのクライマックスではいつ倒れてもいいくらいの
情熱を注いで、朝比奈さんになりきっているんです。
好田タクト(パフォーマンス)
みなさん こんにちは!
“ ル・キャレ ”です。
私たちは 桐朋学園で打楽器を勉強した女性の4人組です。
メンバーはいつも明るくてとっても元気!!
先日 打ち合わせの為、4人で集まりました。
あれ~!もう一人がいない・・・?!
本当は ちゃんと写真を撮ったのですが保存が消えちゃいました。
さて 誰でしょう?!
ごめんなさい!
明日から4日間はメンバーの紹介をします。
どうぞお楽しみに!
ル・キャレ(アンサンブル)
去年、せんくらに初めて出させて頂いてから、はや一年になろうとしています。本当に、日がたつのは早いです。
今年は息子が高校を卒業しました。日本の大学に進学すると思っていましたが(ちなみに息子はトランペットを勉強しております)、たまたま去年の夏にお会いした、ベルリン国立歌劇場で吹いていらっしゃるライナー・アウエルバッハ先生のご好意で、なんとベルリンに留学することになりました。
3月には息子と一緒にベルリンへ飛び、住む家を探しました。そして、5月から息子の留学生活が始まったわけです。
まわりの皆様からは、高校を卒業したばかりなのに一人で大丈夫?とご心配いただいていますが、「とても楽しく語学学校に通い、各国の友達が出来た」と嬉しそうに話しています。若い、っていうのは本当に順応性が高いんですね。
私も18歳の時に初めて海外に一人で行きましたが、全くホームシックにならなかったので息子は私に似ているんだろうな、と思っています(母は、私の時も私の息子の時も「ホームシックは大丈夫かしら」と心配していますが…)。
何より、ベルリンには私が昔教えていた柴田欽章君とお母様がいらっしゃり、大変お世話になっています。だから私は安心して、日本にいられるわけです。本当に感謝しています。
…というわけで、去年はせんくらに(学校も休みだったので)息子も来たのですが、今年は聴きにに来ることは出来ません。残念…。
では、このへんで…また明日w(^o^)w
漆原啓子(ヴァイオリン)
みなさん、はじめまして。私は世界の著名な指揮者の物まねを長年やり続けています、好田タクトいう芸人です。
知らないでしょう?私のこと。
知られていないことは、寂しいことです。
居酒屋とかで、前に見ず知らずの人が座っていて、なんとなく仲良しになって、割り箸を指揮棒代わりに「小澤征爾~」と口をすぼめて物まねでもしようものなら、 「ウワー?、あんたおもしろいなあ、お笑いやったらええのに?」 やってます。
いま、ちまたでは「クラシックブーム」だそうです。また、「お笑いブーム」でもあるそうです。その両方にひっかかりそうでひっかからない私が、「とにかくクラシック音楽が大好き。
そのクラシックを演芸という形で表現することで、クラシックの世界と市井の人たちとの橋渡しをしたい。
「いつか私の時代が来る」 という信念だけで生きてきた人生。
その私がついに「せんくら」に出ることになりました。
はっきり言います。私は音楽家ではありません。芸人です。
そんな芸人の私でも、表現の仕方によっては、クラシックのおもしろさをわかりやすく伝えることができると信じています。
ほんとう?ほんとうです。
うそだと思ったら、立ち読みでいいから、
私の自著『世界一楽しい タクトのクラシック音楽館』(実業之日本社、写真は表紙)を読んでください。それでクラシック音楽をもっと聴きたくなったら、「せんくら」の他の公演とともに、ぼくの舞台もぜひ見に来てください。本も買ってくれるとなおさらうれしいです。
「せんくら」は人気も高く、全国からファンが集結し、ほとんどの公演チケットは完売すると聞いています。
どうしょう、ぼくの公演だけガラガラだったら…。そんなことを考えたら、夜も眠れません。胃が、胃が、五十嵐く~ん、です。
「せんくら」ではおもしろヴァイオリンの早川きょーじゅと参戦します。こちらの準備は万端です。
「こんな楽しい舞台、見たことない?」
人生は「一期一会」です。みなさんと出会えることを感謝しつつ、
音楽の素晴らしさをこの「せんくら」で共有することが、私のおおいなる野望なのです。
明日からのブログは、私の指揮者物真似のレパートリーの中から5人のマエストロに絞って、
5回に分けて思っていることを書きます!
好田タクト(パフォーマンス)