せんくら・うた劇場「泣いた赤おに」~ことばと音をむすぶ
吉川 和夫(作曲家)
今年も、せんくら・うた劇場を開催できることになり、大変嬉しくワクワクしています。今年は、中村優子さん、髙山圭子さん、原田博之さん、武田直之さんという最強歌唱陣に、倉戸テルさん(ピアノ)、山本純さん(チェロ)、星律子さん(マリンバ)という名手が加わって、山形県出身の作家・浜田廣介の名作「泣いた赤おに」をお届けします。
ちいさなお子さんのために「読み聞かせ」をしますよね。せんくら・うた劇場は、物語を歌と音楽でお聴きいただく、おとなも子どもも楽しめる「歌い聞かせ」です。
さらに、アトリエ・コパン美術教育研究所(石巻+仙台、主宰=新妻健悦さん、新妻悦子さん)の6歳から11歳までの子どもさんたちが、この公演のために、物語に合わせてとてもステキな絵をたくさん描いてくれました。音楽とともにスライドで映写します。楽しい物語と美しい絵、そして音楽が繰り広げるせんくら・うた劇場の世界、ぜひお立ち会い頂きたいなと思っています。
合唱劇「泣いた赤おに」について、少しご紹介しましょう。2017年10月、仙台クラシックフェスティバル「せんくら・うた劇場」公演のためのアンコールとして、ラストの場面「青おにの書き置き」を作曲しました。その後、山形を拠点とする合唱団じゃがいもから声をかけて頂き、文翔館創作劇場の上演曲目として全体を作曲、2019年3月に文翔館議場ホールで初演しました。それまで合唱団じゃがいもとともに作ってきた作品と同じく、多少省略することはあっても、基本的には原文そのままに作曲をする、ことばの置き換えや脚色は一切しないというスタンスです。
しかし、正直言って、「泣いた赤おに」全体を作曲することには、少々のためらいがありました。あまりにも有名な作品であること、すでに他の作曲家によって音楽化されていることが理由ですが、浜田廣介の文体に付曲する難しさも、ためらいの理由のひとつでした。例えば、「それはまるいたまごでした」と書かれても差し支えない文が、ひろすけ童話では「それはひとつのまるいたまごでありました」(「よぶこどり」)となっていたり、「ですから」が「それでしたから」(「むくどりのゆめ」)であったり、やや古風とも言えますが、大変丁寧な文体で書かれていますので、ひとつの文が長くなります。文が長くなれば、それだけ作曲するべき音が増え、旋律が長くなり、話の運びが遅くなるのです。その点は、以前に作曲した音楽童話「むくどりのゆめ」でも経験したことでした。それでも、作曲を手がける私としては、あらすじだけを抜き出した作品にしたくはない、ひろすけ童話の格調というべきこの文体をまるごと音楽に乗せたいと考えましたので、作曲にあたっては話のテンポが緩慢にならないよう留意する必要がありました。
また、ひろすけ童話を音楽化する難しさは、文体だけではありません。ひろすけ童話の主人公たちには、どこか孤独の影が見え隠れします。母の面影を慕うむくどりの子(「むくどりのゆめ」)、いなくなってしまったひなを待ち続けるりす(「よぶこどり」)、星の光のように輝きたいと願う古い街灯(「ひとつのねがい」)。これらの主人公たちは、みんなひとりぼっちで何かを求め続けています。人間たちを喜ばせることはできたけれど、親友を失うことになった赤おに、友のために自己を犠牲にした青おにもまた、自分ひとりで生きていくことを引き受けなければならない孤独を抱えます。ユーモアと優しさで包み込まれた孤独と寂寥感を描きだすのは容易ではありませんが、音楽にはそれらを温かく包み込む力があります。目で読むのとはまた違った、ひろすけ童話の魅力を聴き取って頂ければ幸いです。
2021年せんくら、公演番号68、せんくら・うた劇場「泣いた赤おに」は、10月3日(日)14時15分、エルパーク仙台・ギャラリーホールで開演です。どうぞお楽しみに!
今年の「せんくら・うた劇場」は、中村優子さん(ソプラノ)、髙山圭子さん(アルト)、原田博之さん(テノール)といういつものメンバーに、バリトン歌手の武田直之さんが加わってくださいます。山形ご出身、現在はオペラや規模の大きな宗教音楽などのソリストなどで大活躍中の武田さんの参加はとても頼もしく、わくわくします。
さらに、歌唱陣を支える楽士としては、いつもの鉄壁な倉戸テルさんのピアノに加え、仙台フィルから西沢澄博さん(オーボエ)、百々暁子さん(ヴィオラ)、助川龍さん(コントラバス)、いずれも2015年の初演で素晴らしいパフォーマンスを聴かせてくださった方々が参加してくださいます。すてきな音楽仲間が集う「せんくら・うた劇場」第5回記念の豪華版!
さらにさらに!今年もアトリエ・コパンの美術作品とコラボします。
アトリエ・コパンは、石巻で新妻健悦さん、新妻悦子さんご夫妻が主宰していらっしゃる民間の造形教育研究所。たくさんの子どもたちが、新妻先生から出されるテーマに添って、上手とか下手とかいうモノサシは関係のない、抽象的で自由な発想が溢れた美術作品を創っています。
2017年せんくら・うた劇場に寄せられたアトリエ・コパンの作品
ブログの第1回にも書いたように、「せんくら・うた劇場」では、舞台装置や照明、衣装といった要素は簡略化しますが、ここでなければできないことをしたいと考え、第2回目の「うた劇場」から、アトリエ・コパンの美術作品とのコラボが始まりました。新妻先生が、膨大な記録画像から内容に合いそうなものを選んでくださり、スライドで投影します。ご来場の皆様には、賢治のお話、音楽とともに、アトリエ・コパンの美術作品を楽しんでいただけたらと思います。
2018年せんくら、公演番号71番 せんくら・うた劇場 「オツベルと象」は、9月30日(日)16時45分~17時30分 エルパーク仙台/ギャラリーホールで開催です。ぜひお越しください。
吉川和夫(せんくら・うた劇場)
宮沢賢治の「オツベルと象」。まず、とにかく楽しく面白い作品です!賢治さんがこの作品に注いだテンポ感は、とてもすばらしい。とりわけ「第五日曜」で象たちが押し寄せるシーン。賢治さんはその場面を細かくスペクタクルに書き込んでいて凄い迫力!作曲者としては、作品全体にみなぎる文章の勢いを音楽が削ぐことにならないよう、苦心しました。
ところで、読み進めていくと、意味深長な細部と出会うことになります。赤衣の童子とは何者?象たちは沙羅樹の下で碁を打っている?象が碁を?そもそもなぜ白象?ペンキを塗ったのではないんですよね?古い仏教説話かと思えば、白象が祈るのは「サンタマリア」。考えるといろいろわからなくなるのは、賢治さんの作品ではいつものことなのですが、わからないからかえって面白い。さすがです。
さて、そんな楽しい謎に囲まれながら、作曲をするために「オツベルと象」と向いあっていたわけですが、このお話の意味は、日に日に切迫してくるように思えてならないのです。弱いものいじめをする者には必ず罰があたるぞという教訓?現実には起こりえない荒唐無稽な寓話?ブラック企業に搾取される悲哀?それはそうなのでしょうが、それだけとは思えません。私たち自身、「ここにいていいよ」と言われて気をよくして、そんなものいらないなぁと思いながらも「持ってみろ、なかなかいいぞ」と言われ、しぶしぶ持ってみると「なかなかいいね」と思ったりしていないだろうか。「すまないが」の言いなりになっているうちに、気がつくと自由も平和も奪われていないでしょうか。突き詰めれば、私たちが純朴で愚鈍な象でいたために、フクシマの悲劇は起こったのではないか…。賢治さんは、象に見立てて人間の弱い姿を描いたのではないかとさえ思えるのです。
合唱劇「オツベルと象」は、合唱団じゃがいも委嘱作品として2015年に作曲。山形と東京で初演されました。今回は、少し編集し直して「せんくら・うた劇場」版での演奏です。
次回は、「せんくら・うた劇場」第5回の演奏について、お話しましょう。
合唱団じゃがいもによる合唱劇「オツベルと象」舞台写真
吉川和夫(せんくら・うた劇場)
こんにちは!作曲の吉川和夫です。
「せんくら・うた劇場」は、おかげさまで毎年大変ご好評をいただいています。そして、今年はなんと!5回目を迎えることになりました!本当にありがたいことです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
「せんくら・うた劇場」って何?という方もたくさんいらっしゃると思いますので、そのあたりのお話から、私の担当ブログを始めましょう。
音楽のジャンルの中には、詩や文学と結びついて、音楽とともにことばの美しさや情感を表現するものもあります。たとえば歌曲や合唱曲。それから、もっと大がかりになって、文学だけでなく美術や演劇とも結びついていくのがオペラですね。
ひとりの歌い手がヒーローやヒロインを歌い演じ、合唱が群衆となってドラマを盛り立てるオペラと違い、「せんくら・うた劇場」では、ひとりひとりの歌い手が登場人物の役を担うとともに、古代ギリシャ劇のコロスのように、劇の背景や心情を歌い語り、物語を牽引します。
ちょっと面倒な表現になりましたので、別の言い方をしてみましょう。小さなお子さんに物語の「読み聞かせ」ということをしますよね。「せんくら・うた劇場」は、お子さんだけでなく大人にも向けられた音楽と物語を「歌い聞かせる作品」と考えていただけるとわかりやすいかなと思います。
このような音楽スタイルを、合唱劇、あるいは合唱オペラなどと呼んでいます。日本では、指揮者の鈴木義孝さん率いる山形の合唱団じゃがいもや、栗山文昭さん率いる栗友会の合唱団が、合唱劇に積極的に取り組んでいます。林光さん、寺嶋陸也さん、萩京子さんといった作曲家が、合唱劇や合唱オペラを作曲してきました。長年にわたって、多くの宮澤賢治の作品を合唱劇として上演してきた合唱団じゃがいもは、昨年第27回イーハトーブ賞を受賞しました。舞台装置や照明、衣装といった要素を簡略化するのも合唱劇、合唱オペラの特徴です。演技も最小限に止め、あくまでも音楽とことばの力を中心に、物語をお客さまに伝えていきます。そのため、演奏者と聴衆の一体感は、かえって色濃く現れると思います。「歌い聞かせる作品」として、「せんくら・うた劇場」を楽しんで頂けたら幸いです。
次回は、今年とりあげる「オツベルと象」という作品について、お話しましょう。
昨年度せんくら・うた劇場のリハーサル風景
吉川和夫(せんくら・うた劇場)