室内楽をやってきた中で、一番衝撃的で決定的だったのが、ベルリンフィルのクラリネット奏者だった、カール・ライスター氏との共演でした。
ピアニストにとって、良く鳴る音や歯切れの良さ、は勿論ですが、柔らかい音色、滑らかなレガート、は永遠のテーマだと思います。
これはピアノの楽器の構造上、一番難しい部分なのです。
最初の出会いだった曲は、モーツァルトの「ケーゲルシュタット・トリオ」
(ピアノ、ヴィオラ、クラリネット)、そしてブラームスのクラリネットソナタ1番、2番、その後もシューマン、プーランク、ルトスラフスキー・・・・・
約10年ほどの間、クラリネットの主要なレパートリーを網羅する勢いで、数多く共演させていただきました。
最初の頃から、「音が硬い、硬ーい、硬ーーい!!!」
「そこはレガート、レガーート!、レガーーートーッ!!」と、冷静な中にも極度な集中力と注意力を強いられ、、あー、思い出すと今でも胃がキリキリするような、厳しさでした。
しかし、こんなにありがたい音楽的経験は後にも先にもなかったくらいで、又これは自分にとって決定的ともいえる転機となり、ピアノの奏法を、その方向で更に考え直し、研究を続けていく原動力になりました。
しかもそれらを含むすべての私に対する要求は、自分の音が目立つように、ふきやすいように、等というものではなく、あくまでも音楽にそった、趣味や解釈を超えた正しい秩序、であったと思います。
それらを自分のソロ演奏に還元し、生かしていこうと、今も奮闘中です。
若林顕(ピアノ)
7月は、小澤音楽塾のセミナーで京都に1週間滞在しました。
もちろんその間は、ホテル住まいなんですね~!
今年の演目は、「ヘンゼルとグレーテル」。
大役を果たしてくれた将来有望な若手演奏家たちに大拍手!!です。
京都の癒しは、何といっても「酵素浴」。サラサラの米ぬかの中に入って、極楽状態のご入浴と思っていただけるとGOODです。15分ほど砂風呂ならずのヌカ風呂に浸かっていると汗を大量にかいて、そのあとスッキリするんですね。小澤さんに昔教えていただいて、今では常連。ホントに気持ちよか~です。
8月もまた、サイトウ・キネンでは松本にいて浅間温泉めぐり!だったんだなぁ~!
せんくらのときもお薦めの「お湯」があったら教えてくださいね!
宮本楓峯昭
*宮本楓峯昭は宮本文昭(指揮)のペンネームです。
ある有名なフランスの著名なユーモア作家、Alphonse,Allaisはこう言いました:“田舎に都会を作らなければいけません、空気がもっときれいだから・・・”
彼は初めて必要最小限をめざした音楽を作曲したことから、不条理な芸術の大家でもありました : 彼が作曲した葬送行進曲“ある偉大な耳の不自由な方への葬儀によせて”の楽譜は、なんとまっさらな白紙の1ページでした。彼の言い分は?“強烈な苦痛というものは、声が出ないから・・・”だとか。
このブログと何の関係があるかですって ? せんくらの演奏会では、理夏子と共にフランス音楽の中で最も美しい作品のひとつ、クロード ドビュッシーの“海”をプログラムに盛り込みました。皆さん、この曲を私たちは先日、初めてどこで演奏したと思いますか ?クールシュヴェール、そこは私の夏期音楽祭が行われているフランスの町です。クールシュヴェールはフランスアルプス山脈の高度1850メートルに位置している素晴らしい場所です。
そう、私は皆さんにこうお伝えできて嬉しいです!:私たちは山に海をもたらした第一号です !Alphonse Allaisも座布団一枚くれるかな?
パスカル・ドゥヴァイヨン(ピアノ)
音楽家は孤独、とよく言われますが、ピアニストほど孤独なジャンルはないと思います。
ピアノは、一人ですべてを網羅します。
一人でオーケストラであり、室内楽奏者であり、歌手であり、そして究極の個人的な想いを吐露する詩人にもなり得る、その表現力の幅は断トツとも言えると思います。
その分、練習はいつもたった一人、音楽を構築・創造していくのも一人、
演奏旅行も一人、、色々な瞬間に、「きついな~ さびしいな~」と、よくせっぱ詰まります。
でもその、一人、がまたとても落ち着き、好きな所でもあるようです。
そうでもなかったら続けて来る事ができなかったでしょう。
そんなソロ活動の中、様々な個性の気の合う音楽仲間たちとやる室内楽は、ピアニストにとって本当にうれしい時間です。
私は幸運にもキャリアの最初のころから、素晴らしい方々との多くの室内楽の機会に恵まれてきました。
自分の小さく、かたくななカラを破ってくれる、本当に貴重な経験の連続でした。
一人で孤独なピアニストだからこそ、人と会話し、喜びや悲しさ、美しさを分かち合う、といった音楽に向き合う根本的な大事な姿勢を、その都度改めて思い返すのです。
しかし、ピアニストにとって多くの室内楽曲は、ソロと同じ、時にはそれ以上の練習が必要・・・他の楽器ももちろんそうだと思いますが、やっぱり音が多い分、旋律楽器より準備の時間がかかるのかもしれません。
ソロ活動とのバランスにだけは気をつけて、今後も続けていきたいと思っております。
若林顕(ピアノ)
8月から9月9日まで、ずっと松本にいました。
その合間に、東京音楽コンクールの本選の審査員と、朝日カルチャーセンターの講演があり、3日間ほど帰京。
東京音楽コンクールはオーボエの入選は残念ながら、ありませんでした。
朝日カルチャーセンターの講演は、今回は8月の夏休み中で、東京音楽大学の学生さんたちは夏休みで出演できず、宮本が自らピアノの前に。。。
講演のまえにピアノの練習までやっちゃいました。
今回は、モーツァルトとベートーヴェンのピアノ五重奏曲。13管楽器のセレナードなど「管楽器の室内楽の聴きどころの肝」と「どんなふうにイメージを膨らませながら演奏家がこの曲を吹いているか?それをどんな風に楽しんでほしいか」なんていう「ほんわか~」とした楽しいお話をできました。
音楽は言葉がない分、その時の気分やその時の自分の聴き方で自由に愉しめる、本当にいいものだな~と思うのでした。
宮本楓峯昭
*宮本楓峯昭は宮本文昭(指揮)のペンネームです。
突然ですが、パートナーのパスカル ドヴァイヨンは、動物の中でもこよなく“あるもの”を愛していることがわかりました。
それは、二人で京都を訪れた時のこと。風情ある日本庭園をのんびりと散策していた時、相方が“あっ!”と声をあげ、何かを見つけ、水辺に走り寄ったのでした。そして目を細めて、わぁ、かわいい・・・と、何かとてもほほえましそうに水辺を見ているのです。カモとか白鳥かな、と私も近づいてみると、なんとそこにいたのは
カメ。
えっ、カメ? (・_・;) と驚いてしまった私は、その喜びを分かち合うことができなかったのですが、どうも彼にとってはカメが愛おしいらしい。よくよく話を聞いてみると、小さい頃に犬を飼うことができない家に住んでいた彼に、家族がカメを買ってきたそうで、(そのアイディアにも驚くが)家の中で、もそもそとマイペースで動くカメに愛着がわいたとか。その後も今でもカメをみると、あー!と小走りになる彼の背中を、うーん・・・わかってあげられない、と思いながら見ている私がいます。
せんくら会場近くの水辺でカメを追っている人がいたら、要注意! きっと彼に違いありません。笑
明日は、そんなカメ好きの彼にブログを書いてもらいますね!
PS.これが京都で彼が撮ったカメですが・・。か・・・、かわいいですか???
村田理夏子(ピアノ)
こんにちは
ピアノの若林顕です。
この度仙台クラシックフェスティヴァルに参加させていただくことになり、
とてもうれしく光栄に思っております。
私はブログというものを一度も書いたことがなく・・・
今回出演者という事で依頼をされまして、何を書いたらよいのかなぁ~と正直なところとても不安な気持ちなのですが・・・
今やっている事や、日ごろ思っている事、好きな事、等々ざっくばらんに気楽に書かせていただきたいと思っています。
現在は、9月18日~23日、名古屋で行われる、ベートーヴェンのピアノソナタ全32曲を、5回のコンサートで弾くという企画のため、ベートーヴェン漬けの毎日を送っております。
これは数年前、たまたまホールの方とご一緒の際、「ベートーヴェンの全32曲のソナタを3日間で弾き切るのは可能なものですか??」と質問を受け、その時完全に他人事のように「ハイ、大丈夫ですよ!」
・・・と言ってしまった事から始まりまして・・・
その後色々と経緯を経て、今回の企画が生まれたのでした。
これは確かに大変な作業ですが、私としては当然ながら、何かの記録狙い、又は、力技の誇示、といった目的では全くありませんで、このような短いスパンで演奏させていただく事によって、まるでベートーヴェンの生涯を追体験するような、他では見えにくい、ひとつの独特なラインといったものを味わえるのではないか、といったところに意欲を持ったのです。
あくまでもベートーヴェンの「音楽」を楽しんでいただく目的なのです。
またこのシリーズではあえて、全5回とも、すべて楽譜をおいて演奏する予定でおります。
ベートーヴェンの音楽は本当にごまかしがききません。
そのエネルギーと深さは特別なものがあると思います。
又、すべての人が持っているであろう、外からは決してわからない個人の悲しみや苦しみ、といったものまでも溶かしていってしまうような、偉大な浸透力があると感じています。
それにしても、大変な事になってしまったと・・・
後悔、いやいや、本当に貴重な機会を与えていただいたと、感謝をしながら練習の毎日です。。。
若林顕(ピアノ)
この夏は、ずっと学生さん達と過ごしていました。
7月は小澤征爾音楽塾オペラプロジェクト「ヘンゼルとグレーテル」8月はサイトウ・キネン・フェスティバルに8月から9月9日まで1ヶ月まるまる全部を松本で過ごしました。どちらもオーボエ・セクションと木管セクションのコーチです。
オーボエ片手に歩いていると、「おおっ!宮本がオーボエ吹いてる」と勘違いされることがありますが、プロの演奏家ではなく、オーボエの先生ですので。
9月になると東京音楽大学の2学期も始まりますので、教えることが続きますが、生徒から教えられることも多いのが「先生」の面白いところです。「指揮」をはじめても思うことですが、自分がオーボエをオーケストラの中で演奏していた時には気づかなかった新しい発見が「指揮台」の上にいると見えてくるのです。
59歳になって「こんなに面白いことが次々と発見できて、実際にみんなと音楽を作りながら、一音の音も出さない自分がこんなに幸せでいいのかしら!!」と感じられることが本当にうれしい。
宮本楓峯昭
*宮本楓峯昭は宮本文昭(指揮)のペンネームです。
はじめまして!せんくらへお邪魔する時を心待ちにしている私たちですが、会場でみなさんにお目にかかる前に、まずはブログ第1弾で、名前を覚えていただこう!と思っています。え、なぜかって?
それはもう、私たちの(特に相方の)名前は曰くつき!これまで、どれだけ様々な方法で呼ばれてきたことでしょう。そう、ご存知の通り、彼の名前は Pascal DEVOYON。問題は、名字!フランスでも珍しいこの名前、カタカナ表記しようものなら、千差万別。
これまでも、ドワイヨン、ドバイヨン、ドヴァイヨン、ドゥヴァイヨン、そして挙句の果てには、でぼよん、でぼじょん・・・本人いわく、“もう誰のことかわからない・・・”という表記をされている事が山のようにあるのです。更には、名前が途中で切られてしまい、
パスカル・ド・ワイヨン♪
という表記まで現れ、どこかのケーキ屋さんのようになってしまっているのでした。
そういうわけで、名前表記統一政策を試みたいと思います。
パスカル ドゥヴァイヨン♪
これでどうでしょう。本人に言わせれば、こう発音されても自分とはわからず、発音上一番近いカタカナ表記は なんと<ドゥヴォワイヨン>らしいのです。でもこれでは、ややこしいうえ、なんだか怪獣みたいな名前・・・。誰にも覚えてもらえない恐れがあるため、今日を機にパスカル ドゥヴァイヨン♪に統一したいと思います。笑
さて、私の方はそれに比べてシンプルなもの・・・なはずですが、理夏子という漢字の組み合わせが珍しいのか、色々な漢字で表記されてしまうことは頻繁。それどころか、私もとんでもないところで名前が切られてしまうこともあるのです。ある時は、
“むらたり なつこ”と表記されたことがあり、自分のこととは本人である私すら気がつかなかった位です。(笑) そうかと思えば、私たちが住んでいるドイツでは、郵便配達の人にマ・ル・タさん・・といわれ、いえ、丸太ではありません。と答える羽目に・・苦笑。
というわけで、でぼよん・・・おっと失礼、 ドヴァイヨン&理夏子 DUOよろしくお願いします!
村田理夏子(ピアノ)
「どうしてフランスへ留学したのですか」とか、「フランスに留学したのに、どうして経営するレストランはイタリア料理なのですか」とよくきかれるが、僕は、そういうこだわりがまったくなくて、そのときの出会いや直感やひらめきのようなものを信じている。
フランスに留学して、どこがフランス的なのかと言われると・・・、そうだなぁ、ワイン好きなことと、あまり他の人に左右されない性格かな。
渋谷にあるレストランは「G」というのだが、どうして「G」という名前なのですか?と先日のインタビューできかれた。ずっと前から考えていたわけでもなく、イタリア語の辞書をめくっていたら、GIOIA(喜び)や、GRAZIE(ありがとう)などの、Gからはじまる単語に心ひかれたのだ。何かのひとつの単語にしようかとも思ったが、どれもよくて、じゃぁ、頭文字の「G」にしよう!ということになった。
京都の店は「キメラ」というが、これは、ギリシャ神話にでてくる伝説の生物で、店のシェフやスタッフみんなからの意見だった。僕自身もいいなと感じたし、何より自宅が東京で、京都は時々立ち寄ることしかできないこともあり、京都の店の名前は、みんなの意向を尊重したいと思った。どうしてイタリア料理になったかというと、いいシェフがイタリア料理の料理人だった。と、こういう感じなのだ。
僕は、音楽と一緒にできる何か面白そうなことが大好きである。
最近は何もかもがあわただしくなり、「音楽が生まれるゆったりとした時間」がなくなってきているように思う。だからこそ、音楽が必要で大事だと感じる。僕は、この渋谷と京都のレストランで定期的にサロン・コンサートをやっているが、こうした場所に人が集い、美味しいものを食べて、心も身体もゆったりとして、音楽に耳を傾けてもらう時間を、とても愛しく思っている。
横山幸雄(ピアノ)