第2回の今日は、今回「せんくら・うた劇場」で取りあげる作品「手ぶくろを買いに」についてお話しましょう。原作者は新美南吉です。
新美南吉は、1913(大正)年、愛知県に生まれました。4歳の年に実の母が亡くなるなど、幸せな幼年・少年時代ではありませんでした。旧制中学校在学中の15歳の頃から文章や詩を雑誌に投稿し始めます。児童文芸雑誌「赤い鳥」(発行人は鈴木三重吉。1918から1936まで続き、昨年発刊100年を迎えました)に大いに刺激を受け、特に北原白秋に私淑。南吉18歳の1931(昭和6)年には、名作「権狐(ごんぎつね)」が「赤い鳥」に掲載され、2年後の1933(昭和8)年には、20歳で「手ぶくろを買いに」を書き上げました。その後も、たくさんの童話や詩を書き続けましたが、病(結核)に倒れ、1943(昭和18)年、奇しくも実母と同じ29歳で世を去りました。
寒い冬。狐の母子が住んでいる森では、一面に覆った雪をお陽さまがキラキラと照らしています。「冷たくてちんちんする」ほど凍えた坊やのお手々に、暖かい手袋を買ってやりたいと、母狐は思うのですが…。
実生活では、幼くして母と別れなければならなかった南吉です。この温かいお話を、どんな思いを持ちながら書いたのでしょう。子狐は優しいお母さんに甘えます。でも、お母さんに頼ることはできないのです。そして、町へ行って戻ってきた子狐は、大きく成長したように見えます。逆に、母狐の「ほんとうに人間はいいものかしら。ほんとうに人間はいいものかしら」という迷いに満ちたつぶやきは、どこか母と子の距離を感じさせるようにも思えます。この童話には、もしかしたら南吉の母に対する感覚が、そこはかとなく映し込まれているのかも知れません。
南吉は、昭和12年の日記に次のように記しています。「子供は話をきくときそれがありもしない作り話とは思わない。人物も出来事もすべて実在のものと思ってきく。(中略)全器官――精神のみならず、すべての感官で持って話を味わう。」
子供の「すべての感官」に訴えかけるよう、執筆中の作品と真摯に向き合っている南吉の姿が目に浮かぶような文章です。
新美南吉と仙台の音楽家たち、それに子どもたちが描いたアートのコラボレーション、2019年せんくら、公演番号72番 せんくら・うた劇場 「手ぶくろを買いに」は、10月6日(日)13時45分~14時30分 エルパーク仙台/ギャラリーホールで開催です。ぜひお越しください。
新美南吉
「せんくら・うた劇場」リハーサルのひとこま
せんくら・うた劇場(吉川 和夫)
こんにちは!作曲の吉川和夫です。
「せんくら・うた劇場」は、毎年大変ご好評をいただいて、嬉しいことに今年もまた開催できることになりました!本当にありがとうございます。
「せんくら・うた劇場」は、音楽と物語をお聴きいただく45分間です。
小さなお子さんに物語の「読み聞かせ」ということをしますよね。「せんくら・うた劇場」は、お子さんだけでなく大人にも向けて、音楽と物語を「歌い聴かせる作品」と考えていただけるとわかりやすいかなと思います。ひとりの歌い手がヒーローやヒロインを歌い演じ、合唱が群衆となってドラマを盛り立てるオペラなどとは違って、「せんくら・うた劇場」では、歌い手が登場人物の役を担うとともに、劇の背景や心情を歌い、語ります。演技や、舞台装置や照明、衣装といった要素は省かれて、あくまでも音楽とことばの力で、物語をお客さまに伝えていきます。
ラジオドラマをお聴きになったこと、ありますか。
「いや、聴くつもりはなかったんだけど、ラジオをつけたらたまたまラジオドラマをやっていてね、つい引き込まれて聴いちゃったよ…」という方、結構いらっしゃいますよね。映画やテレビドラマと違って、何も見えない。目の前には何もないのです。でも見える!何もないのに聴いていると見えてくる!ラジオドラマや朗読CDなどの魅力は、まさに「ないのに見える」楽しさです。「せんくら・うた劇場」は、ライブで演奏される音楽ドラマ。きっとお客様の目の前に、冬の森を覆うキラキラ光る雪と、まぶしそうに見上げている可愛らしい子狐が現れることでしょう!
合唱劇「手ぶくろを買いに」は、うつのみやレディーシンガーズ晶の委嘱作品として2017年に作曲。栃木市で初演されました。今回は、少し編集した「せんくら・うた劇場」版。出演は中村優子さん(ソプラノ)、髙山圭子さん(アルト)、原田博之さん(テノール)、そしてバリトンは草刈伸明さん、ピアノは、いつも鉄壁なサポートで私たちを支えてくれる倉戸テルさんです。
さらに今年も、アトリエ・コパンの美術作品とコラボします。
アトリエ・コパンは、新妻健悦さん、新妻悦子さんご夫妻が主宰していらっしゃる民間の造形教育研究所。たくさんの子どもたちが、新妻先生から出されるテーマに添って、上手とか下手というモノサシとは関係のない、抽象的で自由な発想の溢れた美術作品を創っています。新妻先生が、膨大な記録画像から内容に合いそうなものを選んでくださり、スライドで投影します。ご来場の皆様には、お話、音楽とともに、アトリエ・コパンの美術作品を楽しんでいただけたらと思います。
2018年の「せんくら・うた劇場」
せんくら・うた劇場(吉川 和夫)