食べることが三度の飯よりも好きだ。
演奏家生活も10年。浮き草稼業ゆえ現場は全国・全世界に及ぶ。まさに”さすらいのちんどん屋”と言ったところか。
旅の醍醐味は食と酒。稽古のあとは鼻歌交じりに街へと向かう準備。現地の方々へのリサーチは欠かさない。それからグーグルマップ。全世界に対応しているので、意外な出会いに導いてくれる。旅で出会った鹿児島や熊本の焼酎に魅せられてしまって、未だに自宅に焼酎のボトルは欠かせない。
郷に入っては郷に従え。現地に行ったら現地の人たちの言うことを聞く。リトアニアではまずリトアニア料理を食べなさいと現地マネージャーのダナ。現れたのはじゃがいもを潰して皮状にし、餃子のように餡を包む「ツェペリナイ」初日は早速ツェペリナイをはじめとするリトアニア流じゃがいも料理の洗礼を受けた。リハーサルの合間にダナと食事をする機会があったが、彼女は全然じゃがいも料理を食べようとしない。かたや我々のテーブルにはじゃがいも料理が所狭しと並ぶ。胃の中がじゃがいもに占領される。本番後の酒宴。楽団創設者の名伯楽、ドナトス・カクタスがひとこと。「この国はいも、芋、イモ…じゃがいもばっかりさ!僕らはよう食わんわ。」聞けばリトアニアではSUSHIがブームとか!?

上はリトアニアで食したツェペリナイ。下は帰国後に自作したツェペリナイとビーツスープ。
日本に帰ってツェペリナイを作ってみると、リトアニアで食べたそれにかなり近づいただけでなく、日本のじゃがいものホクホク感が旨味をプラスしてくれたように感じた。それでもやはり、リトアニアの空気の中で、ウォッカを片手に頬張るツェペリナイは一食の価値がある。「名物は現地で食べるべきだ」と偉い先生が言っていた気がする。札幌味噌ラーメンを東京で食べるのでは興がない、札幌の引き締まった空気とともにいただくから美味いのだ!ふと思い出すのはインドネシア・ジョグジャカルタのモーターバイクの排気に満ちた空気の中で食べたナシゴレンや、青唐辛子のサンバル!僕たちは空気とともに食事をしているのだ。

リトアニアでの権代敦彦氏新作ヴィブラフォン協奏曲の初演を祝って。左から作曲家の権代敦彦氏、筆者、作曲家の佐原詩音氏、オーケストラマネージャーのダナと創設者ドナトス・カクタス。
仙台の名物はたくさんある。牛タンも笹かまも今やすっかりお馴染みだ。けれどもやはり仙台で食べたもので一番に思い出すのは母親の味。お昼のお弁当に入っていた卵焼きや、大好物の唐揚げ。たまに訪ねて行く祖母が作るポテトサラダ。その当時の空気感や会話まで記憶に刻み込まれているかのように。
中国北京、天安門広場にほど近い全聚徳本店。吊り下げられたたくさんの北京ダック。思い出すのはまだ小学生にも満たなかった僕が緊張の面持ちで大人たちに混じった会食。今はなき仙台プラザホテル地下、中華料理「北京」での祖父の昇進祝い。そこに供された丸ごとの北京ダック。25年後に北京の空の下で頬張る北京ダックはあの時の記憶を呼び覚まして、今は会えないたくさんの人たちを思い出す。音楽もまた然り。響きと旨味は、僕たちの大切なあの時を鮮やかに蘇らせてくれるのだ。

一緒に乾杯しませんか?
會田 瑞樹(ヴィヴラフォン)