
さて、今回の「せんくら」でフルートの荒川洋さんと演奏するアストル・ピアソラの名作「タンゴの歴史」は、そのタンゴの発展の有様を20世紀初頭から表現した名曲です。
話は1900年、ブエノスアイレスの場末から始まります。
第1楽章の 「Bordel (ボルデル)1900」これは酒場にてと訳されることも多いのですが、実際は売春宿、いかがわしい場所のことです。
世界中の駅や港町には必ずそういう場所が存在しますが、ブエノスアイレスもその例外ではありません。
世界各地から集まる多種多様なお客たちは、好みのお姐さんを待つ間、ちょっとした気晴らしの音楽を求めました。
それが初期のタンゴの在り方です。
大抵はフルートまたはクラリネットがメロディーを担当しギターが伴奏。ここで奏でられたのは、ひたすら明るい楽しい、陽気なお囃子風の音楽でした。
30年後、タンゴはカフェに進出していました。
第2楽章 「カフェ1930」は、一転して甘くメランコリックな旋律。
世界は大きな戦争の流れの中、退廃的な空気に満ちていました。
束の間の出逢い、別れを惜しむ恋人たち、その横で奏でられるヴァイオリンの感傷的なメロディー。
この曲はまさにその時代のセピア色の景色を見事に表しています。
続く、第3楽章は「ナイトクラブ1960」
ここでピアソラというタンゴの革命児が登場します。
アニバル・トロイロの率いる伝統的な楽団を離れ、それまでのキャリアを捨てて作曲家としてデビューしたピアソラはそれまでにあった既製のタンゴを破壊し始めたのです。
2拍子系のリズムに3拍子を持ち込み、組み合わせて5拍子や7拍子のタンゴを生み出しました。
保守的なタンゴファンの抵抗は相当なものだったようです。
この楽章はその新しいタンゴの萌芽を聴くことが出来ます。
そして、第4楽章は「現代のコンサート」
タンゴはストラヴィンスキーやバルトークをはじめとするクラシックの作曲家にも影響を与え、また多くの演奏家~タンゴ弾き以外のあらゆるジャンルの演奏家に受け入れられ演奏される音楽となりました。
ここでの激しいリズムの躍動は、もはや旋律線を感じさせない新たな時代の音楽となっています。
この「タンゴの歴史」は、1982年にベルギーのリエージュ国際ギターフェスティバルの委嘱で作曲、初演されたものです。
日本では2年後の1984年に東京/音楽之友社ホールで
工藤重典さんのフルートで私が演奏しました。
多くの日本人がピアソラの存在を知らない時代に、会場におられた武満徹さんから暖かい声援を頂いたのを今でもはっきり覚えています。
その後30年、世界中で最も多く演奏されるフルートとギターの定番曲になったのは本当に嬉しいことです。
福田進一(ギター)