
今日から一週間「仙台クラシック」のブログを担当します河村尚子です。
「せんくら」に出演するのは今回が初めてです。大勢の音楽家が仙台の街に集まり演奏する、素晴らしい企画に参加させていただけて大変嬉しく思います。仙台の街を訪れるのが初めての私にとって、発見がいっぱいの秋になることでしょう!
普段ブログを書くことが無いので、何について書いたら良いのか戸惑ってはいますが、舞台から離れた旅行のこと、日常のちょっとした思い出や出来事を書こうと思います。
短い間ですが、みなさまどうぞお付き合いください。
さて、初日の今日は、学校時代の事に少し触れてみます。
日本人駐在者が大変多いドイツ・デュッセルドルフで子供時代を過ごした私は、当時在校生が1000人にもおよぶデュッセルドルフ日本人小学校に通っていました。そのため、与えられた教育環境、そして家庭環境は日本的なものでした。
今でも日本の文化の中に身を置くとホッとするのは、23年間ドイツで生活したとはいえ、私自身がやはり心の中では純粋に日本人だからなのでしょう。
デュッセルドルフ日本人学校の教員は日本から派遣されます。先生方の駐在期間は3年間。ドイツの生活環境に慣れ始めたら日本へ帰国しなければならないという状態でしょうか。私は小学校1年生から6年生までこの日本人学校で過ごしましたが、最後の3年間を担任して下さった先生は、仙台市の出身でした。
担任の先生が頻繁に変わる中、毎春の始業式には名簿確認が行なわれます。漢字で書く名前とは不思議なもので、様々な奇想天外(?)な読み方があります。その中の一つが私の名前です。普通に読むと「なおこ」や「しょうこ」、祖父が頭を捻って考え出した名前だけに、小学校の先生にもなかなか「ひさこ」とは読んでいただけませんでした…
そんな事も忘れかけて転校した現地校。外国人がたくさん住むドイツの学校にはドイツ人のほかに、フランス、ポーランド、ハンガリー、ロシア、トルコ、イラン、インド、韓国…そして日本からの私。
ドイツ人は、母音が多い日本の名前を覚えるのが苦手らしく、科目ごとに先生が入れ替われば私の名前の呼ばれ方も変わる…。「Hasikoハジコ」「Kasihiカジヒ」「Hosakoホザコ」「Kahasiカハジ」…うーん、どれも惜しい!!覚えてしまえば「ヒサコ」と簡単なのに…
※写真は、デュッセルドルフ日本人学校
河村尚子(ピアノ)