宮沢賢治の「オツベルと象」。まず、とにかく楽しく面白い作品です!賢治さんがこの作品に注いだテンポ感は、とてもすばらしい。とりわけ「第五日曜」で象たちが押し寄せるシーン。賢治さんはその場面を細かくスペクタクルに書き込んでいて凄い迫力!作曲者としては、作品全体にみなぎる文章の勢いを音楽が削ぐことにならないよう、苦心しました。
ところで、読み進めていくと、意味深長な細部と出会うことになります。赤衣の童子とは何者?象たちは沙羅樹の下で碁を打っている?象が碁を?そもそもなぜ白象?ペンキを塗ったのではないんですよね?古い仏教説話かと思えば、白象が祈るのは「サンタマリア」。考えるといろいろわからなくなるのは、賢治さんの作品ではいつものことなのですが、わからないからかえって面白い。さすがです。
さて、そんな楽しい謎に囲まれながら、作曲をするために「オツベルと象」と向いあっていたわけですが、このお話の意味は、日に日に切迫してくるように思えてならないのです。弱いものいじめをする者には必ず罰があたるぞという教訓?現実には起こりえない荒唐無稽な寓話?ブラック企業に搾取される悲哀?それはそうなのでしょうが、それだけとは思えません。私たち自身、「ここにいていいよ」と言われて気をよくして、そんなものいらないなぁと思いながらも「持ってみろ、なかなかいいぞ」と言われ、しぶしぶ持ってみると「なかなかいいね」と思ったりしていないだろうか。「すまないが」の言いなりになっているうちに、気がつくと自由も平和も奪われていないでしょうか。突き詰めれば、私たちが純朴で愚鈍な象でいたために、フクシマの悲劇は起こったのではないか…。賢治さんは、象に見立てて人間の弱い姿を描いたのではないかとさえ思えるのです。
合唱劇「オツベルと象」は、合唱団じゃがいも委嘱作品として2015年に作曲。山形と東京で初演されました。今回は、少し編集し直して「せんくら・うた劇場」版での演奏です。
次回は、「せんくら・うた劇場」第5回の演奏について、お話しましょう。
合唱団じゃがいもによる合唱劇「オツベルと象」舞台写真
吉川和夫(せんくら・うた劇場)