吉松隆(3)

2007.08.14| 吉松隆

現在、作曲のお仕事としては、左手のためのピアノ協奏曲というのを作曲中です。これは、ピアニスト舘野泉さんのために書いているもので、タイトルは「ケフェウス・ノート」。今年の冬、ドレスデン室内管弦楽団の来日公演で初披露されることになっています。

左手のためのピアノ協奏曲というと、ラヴェルの有名な曲があるのをご存知の方も多いと思います。あの曲は、第一次世界大戦で右手を負傷し失ったパウル・ヴィットゲンシュタインというピアニストのために作曲された曲ですが、ラヴェル以外にもプロコフィエフやリヒャルト・シュトラウスやブリテンやヒンデミットやコルンゴルトなど錚々たる大作曲家たちが彼のために左手の作品を書いています。

これほど多くの作曲家が曲を献呈した演奏家と言うのもちょっと珍しいのですが、実はこのヴィットゲンシュタインというピアニスト、かの哲学者ルドヴィヒ・ヴィットゲンシュタインのお兄さんで、父親はウィーンで知らぬもののない大実業家にして大富豪なんですね。芸術家や画家や音楽家のパトロンとして、メンデルスゾーンからブラームス、ロダン、ハイネ、クリムトなどと親交があった大金持ちだったそうです。

ですから、身も蓋もなく言ってしまうと「札束で作曲家の頬をひっぱたいて」片っ端から書かせた…とも言えなくもないようで。書かせておいて「気に入らない」と演奏すらしなかった曲(プロコフィエフなど)もあったといいます。豪勢と言うか、もったいないと言うか。

でも、いいですねー。私も札束で頬をひっぱたかれて曲を書いてみたいものです。一生に一度でいいですから(笑)

今回の私の曲は、左手のピアニストになられた舘野泉さんのために書き下ろされるものですが、タイトルの〈ケフェウス〉というのは、秋の夜空に浮かぶ五角形の星座の名前です。「左手の5本の指」だけで弾くので、5つ星の星座の〈星のヴィジョン〉をイメージの核にしたというわけです。左手のピアノの美しい響きを室内管弦楽が優しく包む、5章からなる音楽(になる予定)です。

というわけで、夏の暑いさなかに秋の涼しげな夜空を思い浮かべながら作曲を進めています。無事に出来上がりましたら、12月8日に南相馬市民文化会館(福島)、10日に東京オペラシティなどなど国内数ヶ所で演奏される予定です。しかし、この暑さです。果たして、無事に書き上げることが出来るのでしょうか?

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