御喜美江(7)

2008.06.21| 御喜美江

【出会い】

一週間はあっという間に経ってしまい
今日がもう最終回となってしまいました。
今回は岡村喬生先生とご一緒させていただき
本当に嬉しく楽しく光栄でした。
そして私の拙い文章を一週間お読みくださった方々に
心から感謝いたします!

最後に私事でまことに恐縮なのですが、
9月28日2年半ぶりに行うアコーディオン・ワークスにおいて
今回は吉松隆さんの新作初演という名誉に恵まれました。
実はこの素晴らしいチャンスを与えてくれたのが
昨年の「せんくらポッドキャスト」であります。
というには、ちょうど私の収録が終わったときに
吉松隆さんがスタジオに入ってこられて
そこでいろいろなお話をしながら、
この幸運をつかむことが出来たというわけです。
このような【出会い】はまさに神様からの贈物だと思います。

今年も再び「せんくら」に出演できますことは
私にとって大きな喜びであります。
主催者の方々はじめ多くのスタッフとボランティアの皆々様
ほんとうに、ほんとうにありがとうございます!
10月の再会をいまから心待ちにしています。

http://mie-miki.asablo.jp/blog/

御喜美江(6)

2008.06.20| 御喜美江

【シェルブールの雨傘】

日常生活において、ふとしたことから予期せぬ展開、例えば知らない路地に迷い込んでしまったりすることがある。でも、もしそこには美しい花が咲き、可愛い猫がくつろぎ、いかにも美味しそうな小さなパン屋があったとしたら・・・私だったらまず猫に声をかけ、花をデジカメに収め、ちょっとドキドキしながらパン屋を覗き、まだ自分が一度も口にしたことがないパンを手に取るかもしれない。それが予想以上に美味しかったら、自分の味覚に新発見を見出し、翌日からの朝食風景に小さな変化が生まれるかもしれない。

ある日、『シェルブールの雨傘』の楽譜が送られてきた。尊敬する佐渡裕氏との共演なので、「えぇ~?映画音楽?」とは言わず、真面目に練習を始めた。
すると序奏からして、すでにゾクゾク感が伝わってくるではないか?その叙情溢れる美しいメロディーと切ない響きに私はすっかり酔いしれ、時間の経つのも忘れて弾き続けていた。それはうっかり迷い込んだ路地があまりに美しく、そこから出られなくなったような体験だった。

私のレパートリーには今までなかった映画音楽から、これほどまで心動かされたことは大きな驚きであり、自分がどれほど自分の好みを知らないかを、それは教えてくれた・・・
この写真は、ノルウェーの古都ベルゲンで撮ったものだが、こんな異国の路地に迷い込んで何故か出られなくなってしまう・・・そんな情景をテーマに、今回はソロ・プログラムを構成しました。お聴きいただけたらほんとうに嬉しいです。

55番:10/12(日)10:45-11:30 仙台市青年文化センター/D.交流ホール

御喜美江(5)

2008.06.19| 御喜美江

私は小さい頃から美しい風景を眺めることが何よりも好きでした。

なんだか年寄りじみた子供と思われるでしょうが、人混みと騒音が苦手で、満員電車やデパートの特売場などはまさに悪夢でした。お友達と一緒に町へ出掛け、買物や食事をして遊ぶこともたまにはありましたが、そういう時間からエネルギーを得ることはまず不可能でありました。ですから13歳の春に単身ドイツを訪れ、シュワルツワルトの深い森に囲まれたメルヘンのような小さな街トロッシンゲンを見た瞬間、無条件に魅了されてしまったのです。

だからといって大学の定年まではまだまだ…、「風景との対話」だけを生活のテーマに出来るほど時間もお金もないのですが、はっとさせられる風景に出会うと、その余韻はいつまでも心に残り、直接ではありませんが演奏上でもインスピレーションやアイデアとして、少しばかり良い効果があるようです。

大好きな作曲家の一人E.グリークが22年間、亡くなるまで住んでいたトロルドハウゲンの家は大きな湖のほとりにあります。グリークは「私はこの地球上にパラダイスを見つけた」と言ってこの地を愛したそうです。 昨年11月ちょうど日没の頃、アンドレ・ワッツ、夫シェンクと一緒にここを訪れましたが、空と雲と水と森がほとんど同系色となって静寂の中に横たわっている、それは現実から遠く離れた不思議な空間であり、いつまでも忘れられない美しい風景でした。

御喜美江(4)

2008.06.18| 御喜美江

私は、ドイツ・エッセン市にあるフォルクワング音楽大学でアコーディオンを教えています。
平均でいつも10人くらいを教えていますが、国籍は現在セルビア、ロシア、フィンランド、ブルガリア、日本、オーストリア、ドイツ、ルクセンブルグの8カ国で、年齢は19~29歳、男女の割合はまあ半々といったところです。音楽大学の本科は個人レッスンですから、毎週一人一人を60分~120分教えるわけですが、私の生徒には2人として似たタイプがいません。性格のみならず個性、習慣、趣味、演奏スタイル、どれをとっても皆さん全く異なります。これは長年教えてきて感じることなのですが、「アコーディオン奏者になろう!」なんてことを考え付く時点で、すでに世の中の平均から離れ、どこかずれているのでしょうか。

私から見ると実にバラバラ・タイプの集団ですが、不思議なことにクラスはそれなりにまとまっていて、もちろんライバル意識はあるでしょうが、他の楽器のクラスに比べると横の繋がりは強いように感じます。この写真は、昨年12月に行われた「慣例クリスマス・コンサート」その打ち上げ会のスナップです。尚、どのグラスも空になっていますが、この10人には一つだけ共通点があります。それは「お酒が非常に強い」ということであります。

御喜美江(3)

2008.06.17| 御喜美江

長いこと外国に住んでいる日本人は、ほとんど例外なく日本食が大好きだと思います。私の場合は外国生活がこの秋で36年になりますが、日本食に勝る食文化は他にないと信じて疑いません。幸いデュッセルドルフにいることが多いので、日本食に困ることはないのですが、ちょっと疲れたとき、食欲のないときなど、「お刺身、焼き魚、酢の物、山菜、白いピカピカのご飯…」などを思い浮かべるだけで空腹感が体内に生まれてきます。また心の通った友人達と楽しい夕食会をしたいと思うとき、まず候補に挙がるのが「日本食レストラン」であります。そして不思議というか嬉しいというか、最近では外国人でも”日本食がベスト”と信じている人が年々増えはじめ、ドイツ人の夫など、食卓にお箸が置かれているだけで「今日は日本食?」と満面の笑みを浮かべます。

仙台には美味しいものがたーくさんあります。 今回は夫も一緒なので「仙台に行ったら何を食べようか、何を飲もうか…」と今からその日を楽しみに心待ちにしています!

御喜美江(2)

2008.06.16| 御喜美江

大きな空と白い雲、そして広い地平線がわたしは大好きです。

この風景は自宅近くの散歩道なのですが、ここに2本の木があります。右のそれは幹から大枝、小枝まで緻密かつ左右均等に育ち、まっすぐ空に向かって元気に伸びています。しかし左側の木は(きっと同年齢&同種と思うのですが)、右の木に寄りかかりながら枝も少なく不揃いで、なんとなく「一人では生きていけない」といった印象を与えます。しかしこの体力・体質・キャラクターの違いが、なぜかバランスのとれたひとつのハーモニーをつくっているように私には思えるのです。もしここで左の木も右同様に枝ぶりよく、まっすぐ垂直に伸びていたら2本の木はそれぞれに孤立してしまい、白い雲にも、広い草原にも、大きな青空にも馴
染まず、地平線ですら単なる一本の背景線としてのみうつるのではないでしょうか。

「デュオ」とは「2つ」という意味ですが、この2本の木に実に似たデュオが身近に存在します。もし次のコンサート→:(88番:10/13(月)13:00-13:45仙台市青年文化センター/D.交流ホール)にいらしていただけたら、そんなデュオを聴いていただけると思い、今日はこの写真を記載させていただきました。

御喜美江(1)

2008.06.15| 御喜美江

みなさまこんにちは!

アコーディオン奏者の御喜美江です。
今日から一週間「せんくらブログ」でお喋りさせていただきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

今日は日本の東北地方で大きな地震があったそうですね。
いま私はドイツのデュッセルドルフにおりますが
テレビニュースで知り、とても、とてもびっくりしました。
そして「仙台は大丈夫だろうか・・・」と大変心配しています。
地震は突然やってくるので本当に恐ろしいです。
まずは皆様のご無事と、これ以上の地震がこないことを
心からお祈り申し上げます。

尚、第一回目から「怖いこと」について書くつもりはなかったのですが
2日前の大雨でオランダの自宅が水浸しになったり
2ヶ月前の台所におけるケーブルショートで火事寸前を経験したり
( http://mie-miki.asablo.jp/blog/2008/04/27/ )
そして今日の東北地震のニュースを耳にしてしまうと
大自然を前に人間など本当に小さな存在と思ってしまいます。

6月と言えば一年中で一番明るい時期。
西ヨーロッパはすでに初夏とも言えますが
この写真からは「まあ、なんという服装?」と思われるでしょう。
でもこれはつい最近のものなのです。
ドイツもオランダも四季はちゃんとあるのですが
気温の変化は年々異常になるような錯覚を覚えます。
地球もそろそろ・・・なんて思ってしまうとき
次の言葉が思い浮かびました。
Und wenn ich wüsste,dass morgen die Welt unterginge,
würde ich heute noch mein Apfelbäumchen pflanzen. (Martin Luther)
たとえ明日、地球が滅ぶとしても私は今日りんごの木を植えるだろう(マルチン ・ルッター)

御喜美江(7)

2007.08.18| 御喜美江

ちょうどあと7週間でせんくらが始まります。
今回はアコーディオンの遺伝子ともいえる「うた(Lyric)」と「技巧(Virtuosity)」をテーマにプログラムを組んでみました。

尚、これは全く個人的な意見なのですが、アコーディオンに「大曲」といいましょうか、時間的に長い曲はあまり似合わないような気がします。世界コンテストなどでは時折、4楽章からなるソナタなんて大曲も演奏されますが、アコーディオンがそれによってますます面白く魅力的になると思ったことは一度もありません

服といい、カバンといい、靴といい、一目で分かる著名デザイナーのそれを身に纏ったご婦人と道ですれ違いながら、「さぞかし高かっただろうに、それにしても似合っていないなぁ。」と内心思うことがしばしばありますね。似合わないものというのは、どんな努力をしても、結局は似合わないのかもしれません。

その反面、似合うものには不思議なエスプリがあると思います。それが帽子であれ、パイプであれ、手に持つ雑誌であれ、似合うもの同士が一緒になると、1+1=3または4にもなって、素敵な雰囲気がそのまわりに生まれると思います。

スカルラッティのソナタ、グリークの叙情小曲集、ピアソラの作品、フランスバロックの鍵盤曲、これらの作品はどれも長くて5分、短いものは1分にもみたないショートピースですが、「うた」と「技巧」のバランスが完璧で、そこへアコーディオンを持ってゆくと実にピッタリ合う、要するにとてもよく似合う、と私は思います。

今回のせんくらではソロ・コンサートのほか、チェロの藤原真理さんとバッハの「ガンバソナタ」+ロシア民謡の「ともしび」「モスクワ郊外の夕べ」、そして打楽器の池上英樹さんとはピアソラの「リベルタンゴ」他、を御一緒させていただきます。これ等の音楽は、感情をこめて思いっきりうたうことが許され、またどんなにヴィルトーゾに弾いてもぶっ壊れない頑丈さがあるので、思う存分、心残りなく演奏したいと、今から張り切っております。

仙台クラシックフェスティバルの主催者、関係者、そして多くのボランティアの方々による、目に見えるところ、見えないところでの多大なご援助と、これほど沢山のコンサートを3日間で行なうための計り知れないご苦労、そして何よりもクラシック音楽を愛する皆様の熱い思いに、私は大きな感動と深い感謝の念をおぼえます。

最後になりますが、7日間も私の拙い文章と写真をご覧くださいまして本当にありがとうございました。仙台でお目にかかれるときを今から楽しみに心待ちしています。

 

御喜美江(6)

2007.08.17| 御喜美江

海が見たいです。
ひろ~い海原の前に立って
遠くに霞む水平線を見たいです。
潮風を胸いっぱいに吸い込み
古い空気を思い切りはきだしたいです。
浜辺に打ち寄せる波の音を
いつまでもいつまでも聞いていたいです。

私にとって、「夏」は「海」です。
でも今年の夏はあまりにも雨が多く、気温が低く、
「海へ行こう!」という日がなかなか訪れません。

この写真はちょうど10日前
ヘルシンキから船で立ち寄ったスオメンリナ島です。
ほんの一時間でしたが
海を前にしたとき、なぜかほっとしました。

今日は小雨の降る肌寒い一日でした。
部屋の中でシベリウスとメリカントを聴きながら
夏の海を思い浮かべています。

御喜美江(5)

2007.08.16| 御喜美江

私たちは楽譜というものから作品を受け取り、出来る限りその譜面どおりに演奏できるまで正確に緻密に練習することを小さい頃から強いられてきました。それは正確に譜読みをすることが前提で、そこから生まれる響きはその次、またはその次の次、場合によっては響きなんて最後までテーマにならない、そんな授業もありました。

でもときたま「楽譜なんて糞くらえ、楽器さえあればそれでいい、ただひたすら楽器に触れていたい」と思いませんか? 愛おしい楽器を触れるのに楽譜なんてどうして必要でしょう。無心に鍵盤を撫でる、響きに身を任せてファンタジーに夢を膨らませ、指は上へ下へとボタン上を舞い踊る、そんな楽しみなくして楽器を知ることは出来ない、と思いませんか?

コンピューターを始めた頃、慣れないキーボートと全く分からない専門用語に悩み格闘しながら、ふと思い出したのが子供の頃に一人遊びしたあの「鍵盤トーク」でした。多くの失敗や理解に苦しむ謎物語のあげく、コンピューターを真剣に憎み始めた頃、ふと始めたのが「瞬間トーク」でした。キーボードをたたく時は何も考えない、なにも計画しない、何も期待しない、ただひたすら指に喋らせる、これをやってみました。

その結果、ある日からコンピューターが自分にとって大切で愛おしい対象物になったのでした。ここで重要なことは、とにかく頭より指がはやく進むことです。この川の流れのように、指は水のごとくキーボード上を無心に流れていくことです。

内容はとるにたらないつまらないものですが、御参考までに「瞬間トークOp.1」を今日はここに記載させていただきます。

• コレは何でしょう
• この次はなんでしょう
• それではコレは何でしょう
• あれこれ言う前にもうちょっと考えて答えてください、
• はい、わかりました。
• だからってそんなこと言わないでね。
• いいでしょう、べつにあなたには関係ないんだから。
• もういいですよ
• ああそうですか
• なんだかんだうるさい人ですね、貴女は。
• そうですよ、わたしはうるさい人ですよ。
• 分かっているのならいいですよ。
• そういうものでもないでしょう。
• あなたに向上心というものはないのですか。
• そんなものあってもなくてもどうということないでしょう。
• まあないほうがいいでしょうね、あなたのようなひとには。
• こんなはなしは実にたのしいですね。
• そうですかね。
• 随分まえになりますが、つまらない話をしたことがあります。
• 今でも憶えているわけですね。
• べつに憶えているわけではありません。
• じゃあいったい何が言いたいのですか、あなたは?
• 何かを言いたくて喋っているわけです、それだけ。
• えっ?
• 運指練習おわり
• お疲れ様でした。
• はい。
(2001年6月3日)

 

御喜美江(4)「不幸中の幸い」

2007.08.15| 御喜美江

今日は先週の大雨で水浸しになった車を修理工場においてきました。車の中は今朝もまだ水たまり状態で、発進するとき、カーブを切るとき、ブレーキをかけるとき、ポチャ~ポチャ~と、のどかな水音がします。この響きにもなんだか慣れてきてしまったのですが、しかしこんな車はそう長いこと乗れたものではありません。それに原因が何かも分からないのですから不気味です。この修理はかなり高くつくだろうなぁ、と内心かなり心配でした。

ところが、この修理を申し込んだ日付は何と保障期限が切れる最後の日だったそうで、これは全くの偶然であり、私は知りませんでした。「保障有効期間ですから貴女にコスト負担はかかりません。」と言われたときは本当にびっくり、思わずお口ポカンでした。

これぞまさに「不幸中の幸い」というものですね。あの大雨が一日遅れで降っていたら・・・なんて思ってしまいました。

アコーディオンには今でこそ国立大学、世界コンテスト、フェスティバル(!)なんてメジャーなスペースがありますが、私が4歳で習い始めた当時はマイナーな楽器でした。毎週、母に連れられて伴典哉先生のレッスンに通うとき、上野松坂屋前では傷痍軍人さんが2人コンビでアコーディオンを弾いていました。流しのおじさんが弾くアコーディオンも子供の耳には寂寥感ピュアに聞こえ、その光景は限りなく淋しくうつりました。

ちょうどその頃3歳年上の従姉がピアノを習っていたのですが、彼女の「虎ノ門ホール・ピアノ発表会」は明るく華やかで、私の「豊島公会堂・アコーディオン発表会」はちょっと暗かった記憶もあります。それで8歳頃からはピアノも習わせてもらい、ハノーファー音楽大学は一応ピアノ科を卒業しました。でもアコーディオンは何故かいつも私のすぐそばにあり、常に演奏し続け、心のなかに響く音たちはピアノではなくアコーディオンでした。

もし私がピアニストを目指していたら、仙台クラシックフェスティバルに出演するなんてことは絶対不可能でしたが、アコーディオン奏者になったおかげで、2年も連続で出演させていただけるのです。これもまた「不幸中の幸い」かもしれません。

 

御喜美江(3)

2007.08.14| 御喜美江

日本は連日たいへん蒸し暑い日々だそうで、友人、知人からくるメールには必ず「ヨーロッパの涼しさが羨ましい」とあります。まあ気温だけをとればこちらのほうがいいでしょうけれど、先週は大雨が3日間降り続けて、ドイツ・オランダでも大きな被害が出ました。水というのは実に恐ろしいものです。テレビや新聞のニュースに出るのは規模の大きな水害ばかりですが、今回私が被った(村のタダ新聞にすら載らないような)ミニ被害だって、自分にとっては疲労困憊系の大事件でした。

それは10日金曜日の朝。車をスタートさせた途端、ピチャピチャ、ポチャポチャ、派手な水音がします。それも外ではなく車の中で。「おかしいなぁ、雨はやんでいるのに。」と思いながら次の信号を右カーブすると、思わず水飛沫が飛んできました。「うわ~、これは一体なんだ!」と右サイドを見ると、なんと右側の床がまるで水槽のようになっています。これにはビックリ仰天、急いで大学の駐車場に引き返して守衛のおじさんをよんできました。守衛さんも車中をみるなり絶句。「バケツをひっくり返したような大雨だったからねぇ、でもそれにしてもこれはひどいや。」と。もちろん窓は全部ちゃんと閉まっていました。それから私は大きな雑巾を2枚借りて、腰の骨がへし折れそうになるまで水を外に出し、水槽が水たまり程度になったところで、なんとかオランダの自宅に戻ってきました。ところが我家の地下室へ降りてゆくと、なんとここにも水が!どっかから浸入してきた水は床全体を平面に覆ってキラキラと光っているのです。この時点でほとんど切れそうになりましたが、今朝テレビで見たニュースを思い出し「家一件なくした人もいるのだから頑張ろう!」と自分に言い聞かせ、ふたたび雑巾活動を開始したのです。

アコーディオンは伴奏楽器として野外でもよく演奏されます。ですから「外で弾く楽器」と思っている人も多いのですが、実は水にものすごーく弱い楽器なのです。それも値段が高くなればなるほど、この楽器は水に弱い。なぜかと言うとアコーディオンには皮、木、紙といった素材がふんだんに使われているからで、とくに柔らかい皮と紙からなる「蛇腹」が濡れてしまったら、もうおしまいで修理も出来ません。また鍵盤やボタンの内部にはフエルトがあり、ここも水が大嫌い。ですからもし野外でアコーディオンを演奏する場合は、出来るだけプラスチックやビニール豊富のもの、濡れたら拭けるもの、そしていつでもどこでも購入できるお値段のもの、お勧めします。

今回の水害ではつくづく「あぁ、アコーディオンが濡れなくてよかった。」と胸をなでおろしました。アコーディオン奏者の皆様、留守をするときは面倒でもアコーディオンはきちんとケースに入れ、できれば内部をビニールで覆い、可能な限り安全な場所に保管しましょう。

御喜美江(2)

2007.08.13| 御喜美江

私はグリークの『叙情小曲集』が大好きです。
これはピアノのために書かれた小品集で、作曲者が長い年月にわたって書き綴った「音楽日記」とも言われていますが、私にはまるで「ブログ」のようです。民族色豊かな踊りやお伽話の世界、風景の描写、様々な感情表現、どれもこれも素晴らしく美しい世界であります。今年2007年はグリーク没100年であり、先日の「オウルンサロ音楽祭」でも様々なグリーク作品が演奏されましたが、今年1月スウェーデンの古い教会で、私もオール・グリークのCD録音を行い、5月にリリースされました。この録音は学生時代からず~っと抱いてきた夢でありましたので完成したCDを初めて手にした瞬間は感無量でした。なんだか新盤を宣伝するようで恐縮ですが、「アコーディオンとグリーク」を知っていただきたいという願いをこめて、今日はそのプログラム・ノートを紹介させていただきます。長文ですがお時間のあるときにでも読んでいただけたら幸せです。
(2007年8月12日ラントグラーフにて)

旅するアコーディオン
― グリーク『叙情小曲集』との出会い ―

クラシック・アコーディオンのレパートリーというと、古いものか新しいもの、つまり古典か現代作品の2つに限られることが多い。それは一つに、この楽器の歴史がまだ浅く、オリジナル作品が全て20世紀後半から始まるのと、もう一つは「鍵盤楽器」として古い時代の音楽も編曲せず原曲のまま演奏できるからである。

しかしアコーディオンが産声をあげたのは1829年、まさに「ロマン派」の時代だった。それはドイツ・オーストリア地域で考案され、ウィーンで“Accordion”という名前の特許登録がされたのち、様々な楽器職人たちの手で改良され、まもなく商人、船乗り、移民たちの手によって海外へ運ばれていった。その行き先は隣国のスイス、フランス、イタリア、ベルギーのみならずロシア、スカンジナビア諸国、東欧諸国、そして遠くはアメリカ、アルゼンチンにまで及んだ。そして小さなアコーディオンは異国の地に移住すると同時に、新しい文化、気候、慣習を受け入れ、まるでそこで生まれ育った楽器のような自然さをもって、その民族音楽の仲間入りをした。人々は新しく登場したこの楽器を「わが故郷の楽器」として親しみ愛し大切に育てていった。ロシアのバヤン、フランスのミュゼット・アコーディオン、そしてアルゼンチンのバンドネオンといった名前を耳にするとき、私たちが思い浮かべる音楽は、哀愁をおびたロシア民謡であり、華やかなシャンソンであり、情熱に満ちたタンゴであろう。そこに1829年のウィーンの面影はもう微塵もない。そう、生まれた場所ではなく、育った場所が、アコーディオンをそのように変化させていったのだ。

20世紀に入ってからもアコーディオンの改良はさらに続けられ、フリーベース・アコーディオン* の誕生とともに伴奏楽器から独奏楽器へ、民族音楽からジャズへ、クラシックへと、ジャンルも大きく広がっていった。そしてこの頃からアコーディオンのためのオリジナル作品が多く書かれ始め、ヨーロッパ各地の国立音楽大学にはアコーディオン科が設けられ、世界コンテストやフェスティバルなども盛んになってゆく。

こうして進化したアコーディオンには、それぞれ異なったキャラクターや色合いがあり、醸し出す雰囲気も多種多様で、外観、キーボードシステム、メカニック、さらにはサウンドに至るまで、他の楽器では考えられないほど多くの種類がある。しかしどの時代、システム、ジャンルをも越えて共通するもの、どのアコーディオンにもバヤンにもバンドネオンにもなくてはならない要素が、実は2つあると私は思う。それは「うた(Lyric)」と「超絶技巧(Virtuosity)」であり、この2つはまるでアコーディオンの「遺伝子」のようだ。アコーディオンの蛇腹は「うたう器官」、そして左右の指たちは軽い鍵盤と小さなボタン上を「特急テンポ」で飛び交う。1829年から今日まで、この2つの「遺伝子」だけは全く変化していないように私は感じる。そしてこの2つの要素が最も大きな役割を果たしている時代はいつだろうと考えるとき、「ロマン派」にそれがぴったりとおさまるように思えるのだ。

グリークがその生涯において日記のように書き続けた『叙情小曲集』を、私は学生時代から大変好み、常にコンサートのレパートリーとして弾き続けてきた。本来はピアノ曲であるこれらの作品を、どうして自分はあえてアコーディオンで演奏したいと思い、すでに人生の半分近くも弾き続けているのだろう。

そのわけは・・・
『叙情小曲集』を演奏するとき、私はその物語の中に入り込み、語り、歌い、踊り、演じることができる。そこで自分は「小鳥」となってさえずり、「妖精」となって踊り、「孤独な旅人」となって嘆き悲しむ。「郷愁」では人の声を、「バラード」では涙を、「コーボルト」では悪戯を、体に密着した蛇腹をとおして表現することができる。とくに「蝶」では、ピアノで演奏すると蝶が舞い飛ぶ春の風景ようにきこえるが、アコーディオンの場合は自分が「蝶」となって野原を舞い飛び、蝶の視点が演奏の起点となる。そして農夫が一日の仕事を終えて畑から帰途へ着く光景、おばあさんがメヌエットを踊る瞬間、小人が森の中を行進する様子、子守唄、ノルウェー舞曲、ワルツ、そして感謝、秘密、期待、・・・一人舞台の役は曲ごとに変化し飽きることを知らない。
アコーディオンの遺伝子をここまで自然に使いこなせる作品が他にあるだろうか。

19世紀におけるアコーディオンは、楽器の改良と旅の時代だった。そしてちょうどその頃に書かれたのが、グリークの『叙情小曲集』だ。この歴史的偶然を一枚のタイム・アルバムにしてみたいという願いは学生時代からあったのだが、ようやく一枚のCDとして誕生することになった。これは私にとって人生の足跡のような感もあり、森と湖に囲まれたレナ教会**において、ハンス・キップファー氏のもと、淡い冬の光と深淵なる静寂の中で行われたこの録音は、演奏家冥利に尽きる夢の3日間、そして星の時間であった。

*フリーベース・アコーディオン:
左のベース側にも音域5オクターブ半の単音ボタンを持つアコーディオンのこと。
尚、左手がこのように解放されたことでポリフォニー演奏が可能となった。クラシック・アコーディオンまたはコンサート・アコーディオンとも呼ばれる。

**ストックホルムから約100km北東に位置し、14世紀の初めに建てられた石造りの小さな教会。

 

御喜美江(1)

2007.08.12| 御喜美江

みなさまこんにちは!
アコーディオン奏者の御喜美江(みきみえ)です。
昨年にひきつづき今年も仙台クラシックフェスティバルに参加できますことは私にとって大きな喜びと幸せであり、まず初めに深く感謝申し上げます。
皆さまとの再会を今から楽しみに心待ちしております!

さて本日はコンサートに先立ちまして待ちに待ったせんくらブログ、いよいよ私にも番がまわってきました。一週間どうぞよろしくお願いいたします。

実は2007年度のコンサート出演が決まったその日から、「今回もせんくらブログあるのかな?私の番はいつだろう?」と張り切って待機していました。ブログの楽しみ方はいろいろありますが、私にとって一番の魅力は画像です。目に飛び込んでくる面白いオブジェ、言葉では表現しにくい色や光、そして心に響く風景や建物をデジカメで撮り、あれこれと深く難しくは考えないで、見たまま感じたままを瞬間的な速さで、可能な限りシンプルにコメントしてゆく、これに絞ってきました。要するに自分の五感を優先し拙い日本語がボロを出さないうちに終える、ということです。さらに私たち演奏家の指はどれもかなりはやく動くので、ショート・コメントなら数秒間で打つことができ、指だけに喋らせる「瞬間トーク」も私にとってブログの楽しみであります。今回も出来れば一度この「MM・瞬間トーク」を読んでいただきたいと思っております。

さて、2週間の滞在を終えてオウル/フィンランドから5日前ドイツに戻ってきました。それは舘野泉氏が音楽監督をなさっている「第10回オウルンサロ音楽祭」への参加で、今回はMusician of the Yearに選ばれる大きな名誉に恵まれました。(http://www.oulunsalosoi.fi/english.php)アコーディオン奏者としては初めてでしたので本当に嬉しく有難く、5回の演奏会もあたたかい聴衆と素晴らしい友人たちに囲まれ忘れ難い想い出となりました。今回は気温も18℃~25℃と凌ぎやすく、雨降りの日もありましたが、それでも夏の光は限りなく明るく、澄んだ空気と水と静かな白夜を満喫してきました。
(2007年8月11日ラントグラーフにて)

関連記事:アコーディオン御喜美江~オフィシャルブログ~『道の途中で』
http://mie-miki.asablo.jp/blog/

 

ロシア民謡について(3)

2006.09.04| 御喜美江

それにしても唾が斜め後ろにまで飛んでくるだけあって、岸本さんの声はデカイ。そしてロシアを原語で歌えるだけあってその音色のなんと豊かなこと。

哀愁をおびたメロディー、語りかけるような甘い響き、そして100人は一度にめった打ちできそうな迫力のリズムとアクセント、私はアコーディオン伴奏をしながら、レコーディングよりコンサートのほうがもっともっと感動した。

そしてこのとき『ロシア民謡』を愛する遺伝子が実は私にもあったことを、岸本力さんの歌唱芸術で知ることができた。

いまは亡き父に、「パパ、美江もロシア民謡って、ほんとうは好きだったみたいよ。もっとはやくに気づいていればよかったね。これからはもっともっとロシア民謡を弾くから、その時は必ず音楽会場に来てね。」と心の中でつぶやいている。

今回は2年半ぶりに再び岸本さんの『ロシア民謡』を伴奏できる。

仙台は父も大好きだったから、きっと聴きにきてくれるだろう。 (このシリーズ完)

御喜美江(アコーディオン)

ロシア民謡について(2)

2006.09.03| 御喜美江

岸本力さんが『ロシア民謡』をオーケストラ・バックでうたうと、東京芸術劇場の大ホールが完売になるそうだ。リリースされたロシア民謡のCD『つかれた太陽』も、コンサート会場で販売すると飛ぶように売れるそう。

すごいなぁ。一度でもそんな経験を私もしてみたい。岸本さんには【御喜美江アコーディオン・ワークス2004】にゲスト出演していただいた。ステージ上での岸本さんはまたとくべつで、そのときの印象も忘れられない。

プログラムはショスタコヴィチとグバイドゥーリナのソロ作品で始まり、そのあと休憩までがロシア民謡となった。岸本さんは背が高く足が長くハンサム。そして赤がアクセントされた黒の背広も抜群にかっこういい。こういう人と登場すると何となく気分がいいなぁ。

一曲目は“トロイカ”。歌い終わった瞬間に「ブラビー!」「ブラボー!」とあちらこちらからかけ声がかかる。なんかすごくいい感じ。次は“ナスターシャ”岸本さんの額には汗が滲み出ている。しかしそれとは別に何かが飛んでくる。なんだろう・・・

私は左うしろ斜めに座っているから、逆行ライトの中を見上げると、なんとそこには唾がまるでシャワーのように飛び散っている。前3列目くらいまでは、この唾シャワーをもろに浴びているはず。

2曲目がおわるとさらに「ブラボー!ブラビー!」の連呼。でも私は唾のことが気になって前列のお客様のほうを見ると、そこはみんな岸本さんのファンらしく、どの人も喜びに溢れ、恍惚の面差しで岸本さんを見ている。「あっそうか、この人たちは“岸本シャワー”を頂きたく、このこんな前に座っているんだ。」と納得。(さらに続く)

御喜美江(アコーディオン)

ロシア民謡について(1)

2006.09.02| 御喜美江

『ロシア民謡』が大好きだった父の希望で、私は4歳からアコーディオンを習い始めた。その頃からすでに『ロシア民謡』に縁があったわけだが、父親の趣味嗜好はかならずしも子供には遺伝せず、娘はそれから数十年間『ロシア民謡』とは無縁で過ごしてきた。

ところがある日キングインターナショナルの宮山幸久さんから次のような問い合わせがきた。「この度キングでは“岸本力・ロシア民謡”リリースを計画しています。岸本さんは、音楽がロシア民謡ですからその伴奏をピアノではなく、アコーディオンとギターで希望されています。弾いていただけますか?」

私はその時のことを今でも鮮明におぼえている。何故かと言うと、このようなレパートリーは今まで弾いたことがなかったし、弾きたいとも思っていなかったし、多分自分からは思いつきもしなかったアイデアなので、「えっ?」と戸惑うはずのところが、何故かどうしてか、宮山さんの問いに対して私は一瞬の迷いもせず「ありがとうございます。是非とも弾かせていただきます!」と答えていたからである。

そしてもっと驚いたことは、私自身がこのニュースを本当に喜んでいたことである。「ロシア民謡・・、どんな曲があったっけなぁ、カチューシャ、ともしび、モスクワ郊外の夕べ、ボルガの舟歌、あぁいいな〜、懐かしいな〜、弾いてみたいな〜」と夢はどんどん膨らんでいった。(明日に続く)

御喜美江(アコーディオン)

よい夏を!

2006.07.29| 御喜美江

あっという間に一週間が経ってしまいました。

これからはコメント欄で参加させていただこうと楽しみにしています。

アコーディオンという楽器は、“誰でも知っている”ようで“誰も詳しくは知らない”ということが多く、このブログを通して少しでも紹介が出来ればと思っておりました。でも楽器はやはり実際にその演奏を見て聴いて、初めて知ることが出来ると思います。今回は仙台クラシックフェスティバル3日間中、5回コンサートをさせていただきます。皆様に聴いていただけたら本当に嬉しく幸せです。

さて、今日から一週間フィンランドのオウルへまいります。

館野泉さんが音楽監督をなさっているオウルンサロ音楽祭で、ソロ・リサイタル一回、ヴィオラとのカフェー・コンサートを一回、そして館野さん70歳バースデー・ガラ・コンサートで弾かせていただきます。フィンランドは、クラシック・アコーディオンのレベルが世界で最も高い国ですが、それだけではなく、人間と風景が限りなく魅力的なので、私の大好きな国です。11時50分発のFinnairにこれから乗りますが、猛暑が何週間も続いたドイツからやっと脱出できるのも本当にうれしい。澄んだ空気、涼しい風、青い水、静寂、そして白く明るい夜に期待が膨らみます。

最後に:一週間も私の拙い文章を読んでくださった方々に心から感謝いたします!

猛暑の夏、どうぞくれぐれもお体お大切になさって、お元気でお過ごし下さい。

仙台の美しい秋を今から夢見ています。

写真解説:ラントグラーフの自宅にて。

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13歳の春

2006.07.28| 御喜美江

私が初めてドイツを訪れたのは13歳の春だった。

南ドイツのトロッシンゲンという町で国際イースター・アコーディオン週間が開催されるという情報を母が知り、それを聞いた私は何が何でもそこへ行きたいと思った。クラシック・アコーディオンの本場ドイツでは、どんな楽器で、どんな人が、どんな曲を、どんなふうに弾いているのか一日も早く知りたかった。日本語以外の言葉は何もわからないのに、また一人旅なんて一度もしたことないのに。というか一人ではデパートにすら行ったことないのに、突然一人でドイツの田舎町トロッシンゲンまで行くことになってしまった。

あの頃は両親も私も若く、意欲的で、勇気があったと思う。高校で英語を教えていた母が、表が英語&裏が日本語というカードを何枚も作ってくれて、それを首から紐でさげて羽田空港を発った。「・・・駅で乗り換えて・・・まで行きます。乗り換えホームまで連れて行ってください」「・・・学校はどこですか?」「レストランはどこですか?」「電話をかけさせてください。」「トイレはどこですか?」「これを下さい。おいくらですか?」など。私はまさに動く小包。必要に応じてカードを選びながら、ほとんど困ることもなく、親切なドイツの人々にお世話になりながら、夢のような楽しい2週間を過ごした。

ドイツは風景も町並みも美しく、静かで落ち着いて暮らしやすい。食べ物はいまいちパッとしないが、でも清潔。そして、何よりもフリーベース・アコーディオン(左手にも5オクターブ半の音域を持つ単音ボタンがあるアコーディオンのこと)を生まれて初めて見て、バッハやスカルラッティのポリフォニー音楽をオリジナルの音域で聴いて、さらにこの楽器のために超絶技巧の素晴らしいオリジナル作品があることを知って、この驚きと感動は13歳の私の道をその場で決めてしまった。

「もう日本に帰る必要は全くなし。このままここに住みたい。」との強い希望を出したのだが、音楽学校の校長先生は「ドイツ語を勉強してから来ないと入学は出来ません。」なんて言うし、両親は「日本における義務教育は終えないと・・・」と、そんなこんなで結局日本に戻ってきた私。

でもそれからの3年間はドイツ語習得しか念頭になく、放課後は週3回大森のドイツ学園へ会話を、週2回上智大学へ文法を、夏休み中は毎日学習院大学のドイツ語講座に通っていた。大変とか、つらいとか、疲れたという意識は、当時の自分にはなかったと思う。

あの頃の自分と、今の自分が同じ人間とは思えない。あのエネルギーは一体どこからきたのだろうか。

旅は夢、未知は希望であったあの時代にもう一度戻りたいとは思わないけれど、肉体が健康なうちにそんな冒険的な時期が2〜3年もう一回あってもいいかなと、時々思う。

写真解説:真夏の自宅のバルコニー

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演奏法

2006.07.27| 御喜美江

アコーディオンの音色は、体の動きと呼吸でつくられている。楽器が体に密着しているので、ちょっとした小さな動きや呼吸にも音に影響する。

楽器の真ん中にある『蛇腹』によって空気が送られてくるが、蛇腹の部分だけではなく楽器全体どこに触れても、音は変わる。それがフォルテ、フォルティッシモのような大きな音の場合はそれほど気にしなくていいが、音量をだんだん、それもゆっくりと弱くしていこうとすると、急に操作が難しくなる。体全体でバランスを取りつつ、さらに呼吸を合わせながら、徐々に徐々に音たちが小さくなるようする。

アクセントにもいろいろある。
・腕でグイっと力強く引っ張り、蛇腹を返すとき右肩にドンとぶつけ、左足を上げてすっと下へ落とす。
・柔らかいアクセントとしては左足を上下にゆっくり動かし、呼吸を短く「はーっ!」とはく。
・特にデリケートな弱音アクセントは、お腹を前にちょっと突き出し、腰を使う。

例えば赤ちゃんが泣いてぐずっているときは、抱っこして揺らしているとだんだん大人しくなってそのうち寝てくれる。このときの揺らし方は、腕をガタガタ上下左右に揺らすのではなく、膝や腰や頭で軽い動きをとりながら、体全体を緩やかに振動させる。赤ちゃんを抱いている手や腕は常時静かなポジション。この感じが緩やかアクセント。

音を揺らすヴィブラートに関しては、とにかく体のどこかがちょっとでも揺れていれば、それでヴィブラートになる。というか、なってしまう。緊張して体や呼吸が震えると、音もブルブル震え出す。そういう演奏は、聴いている方まで緊張してしまう。とにかくその日のコンディションが音になって出てくるので、アコーディオンは一種の体調チェック・マシーンでもある。

写真説明:ドイツとオランダの国境を流れるヴルム川。私は水の音が大好きなので、よくここまで散歩にくるが、ある日この石橋から水面をながめていたら、ふと新しい演奏法を発見した。

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