暗譜

2013.05.28| 中川賢一

ピアニストはソロで演奏するときは普段「暗譜」(譜面を見ないで覚えて)で演奏する。

では、何故暗譜出来るのかはわからない。
むしろ本番で演奏している時もなぜ自分が暗譜で演奏できているのかも不思議に思える瞬間も多々ある。
普段使っている言語は文字になっていてそれを「セリフ」として覚えて話すのは何故か納得いくのだが、暗譜は白黒の鍵盤の上を指がかなり複雑な動きをしていて、それもいちいち鍵盤を打つのに「ド」「レ」とか言語化していたら間に合わない。

おまけに一遍に6個の音を出すことなどざらで、多いときは一遍に12個の音を10本の指で押さえることもある。
その時に「ド」と「ミ」と「ソ」と・・・などと考えていたら演奏などできない。

では、ピアニストは何故暗譜出来るのであろう。

あるピアノ教師の書いた本で、譜面を頭に完全に入れて(覚えて)どのように指が動いてどのようなタッチで演奏するか完璧にイメージできるまでにピアノには触ってはならず、それが出来たときにピアノに触れば完璧な演奏になる・・・
と豪語している教則本があるそうだ。
その噂を聴いて大学生の時に本当にラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」を一切ピアノに触らず、うんうんうなりながら譜面を見て、指の動きをイメージしてやっとピアノに触ったことがあった。
その時はたしかに最初に触った時にうまく弾けたと思ったが、それは音が少なくゆっくりした曲という事もあって可能だったと思う。

これがラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の様な複雑な曲であれば不可能であろう。

ただここでの真実は、「暗譜」をするプロセスというのは様々なものが組み合わさっており、まずは何回も曲を弾いているとその曲の指の動きを体が覚えて、その通り動かしてみたらなんとなく譜面を見なくても譜面通りの音が出たというあたりから、外堀を固めて、何か足りない音、頭に残っている音を探ってみてそれを演奏してみたら合っていたという事が加味されてきて、視覚的に楽譜の残像が残っていて、それも頼りに演奏したらそれが合っていて・・・という触覚、聴覚、視覚の様々な集合体が「暗譜」を形成し、それが完璧にイメージできていれば演奏が成り立つ・・・というのは経験論で確かである。

少なくとも私の場合はそうである。

言葉ではない何か霞をつかむような「暗譜」の作業。
これもいつも以上の三つがお互い助け合って成り立っているように思う。

触覚で非常に不安になった時に頭に鳴った音を探ったり、音が頭で鳴らなくなり、視覚的にもどの音か浮かばないときに、一か八かで触覚に頼ったらしっかり演奏するべき音に指が降りているという事があったり、お互い様なのだ・・・

よく地方に演奏に行くときに練習場所が取れないことがある。
(ピアニストはピアノがないと練習できない・・・)
そういう時は目をつぶって曲の最初から最後まで音を思い浮かべ、譜面を視覚的に瞼の裏に描き、どんな指の動きか強くイメージして「練習」することがある。
勿論そこにはピアノはなく、場合によっては横になって寝ながら行う時もある。
ただこれが非常に効くのである。いざという時のために冷静に曲の演奏に関して頭で全てを整理するという事は非常に大事である。

熱くなってピアノを練習しているときは当然ノッテイルので、緊張した時の危機的状況など考えもしないし、いざはたと頭が真っ白になった時のことなど考えない。
しかしこのイメージトレーニングがいざという時のためのトレーニングなのだ。

ピアニストは楽器を持って歩くことがなく、いきなり会場に行って初めてのピアノに触れ数時間後には沢山のお客の前で、ソロの場合正味1時間以上のプログラムを披露しなくてはならないのだ。

そのためにも様々な方法で常日頃から特訓しておかなくてはならない・・・

中川賢一(ピアノ)

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