3日目

2016.07.30| 吉岡 知広

仙台市内の僕の好きな場所です、小さい頃よく親に連れてきてもらいました。

 

3日目

 

よく行っていたのはもう20年も前のことですが、ふと懐かしく思い、記憶を辿って地元をふらふらする事があります。

やはり育った場所というのは本当に特別なものですね。

 

夏の仙台は北海道より涼しい日があるくらい過ごしやすく穏やかな街です。

自然もたくさんあるので散歩するだけでも気持ちがいいですね。

せんくら、次のコンサートまで時間が空いたなーという方はぜひ街ブラしてみて下さい。

きっとたくさんの癒しポイントが見つかりますよ!

 

吉岡知広(チェロ)

2日目

2016.07.29| 吉岡 知広

最近ですが、新しく入団したコントラバスの名和俊君とチェロとバスというなかなか珍しいユニットを組ませて頂きました。

その名も

 

[伊達LOW Strings]です!

 

ダテローと呼んでください笑

 

2

 

地元に根付いた低音ユニットでありたいという事から、仙フィルコンサートマスターの西本さんに命名して頂きました!

機能的になかなか無理のある組み合わせですが、楽器の限界を超えて懐メロからロックまで様々なジャンルの曲をレパートリーとしています。

仙台にお立ち寄りの際は二つの低弦楽器の可能性を見てみてはいかがでしょうか!

 

Facebookページ

https://www.facebook.com/Date.Lowstring/

 

 

吉岡知広(チェロ)

1日目

2016.07.28| 吉岡 知広

こんにちは、チェロの吉岡知広です。

 

仙台フィルに入団して、地元に戻ってきてもう2年半がたちました。

やっぱり良い街ですね!

自然は多いし、街は栄えてるし、ご飯は美味しいし…

 

仙台駅を降りた瞬間のキリッ透き通った空気を吸い込むたび、帰ってきた!という実感を沸かせてくれます。

 

仙台フィルというオケも仲が良く、僕らものびのび自由に弾かせてもらえる環境はドイツの空気と似ているなと思っています。とにかく日本に帰ってきてよかった!

 

そんな訳でこの度、こんな素敵な街、オーケストラとコンチェルトを弾かせて頂く事になりました!!

 

1日目写真

 

自分の所属しているオーケストラと地元でコンチェルトを弾けるなんて!夢のようです。

 

オケに入ってからはソロの曲1曲を丁寧に仕上げる機会があまりなかったので、久しぶりに楽しく練習しています。

 

張り切って弾かせていただきます、皆様ぜひお越しください!

 

 

吉岡知広(チェロ)

犬とチェロ

2015.08.19| 吉岡知広

僕がチェロを6歳で始めたちょうどそのあたり、1頭の犬が我が家にやってきました。

ビアデッドコリーという中型犬で、名前はクララ・シューマンから『クララ』と名付けました。

当時の僕は体が小さかったため、いつも僕の事を心配していたようにおもいます。

僕が一人でどこかに行こうとすると必ず付いてきて、病気になればずっとそばにいてくれ、泣いていると顔を舐めてなぐさめてくれ、本人(?)は姉のような気持ちだったのかもしれません。

そんなクララも14歳ととても長生きしてくれ、亡くなってしまった今でも心の支えとなっています。

今僕は当時の家に住んでいるのですが、楽器を弾いているとふと気配を感じる気がします。

 

と、三日間今までをを振り返ってブログを書いてきましたが、色々な人や犬に支えられて今の自分があるのだと実感しています。

3日目写真①

 

3日目写真②

 

吉岡知広

留学生活

2015.08.18| 吉岡知広

大学を卒業後、ドイツのライプツィヒ音楽演劇大学大学院へ留学をしました。

ドイツで師事した先生はゲヴァントハウスオーケストラのソロチェリスト、クリスティアン・ギガー先生。
ひたすらチェロを愛し、チェロの事を1番に考える本当に真面目な方でした。

練習嫌いな上にドイツ語が全くできない僕に、1日の練習スケジュールを立ててくださったり、週に数回のレッスンと更にそのレッスンでの気付いた事をメールしてくださったり、とても丁寧に接してくださいました。

大学院2年在学中はゲヴァントハウスオーケストラの学生契約として、そして卒業後はゲヴァントハウスオーケストラアカデミーに在籍しました。

アカデミー生は各セクションに1人、2年間在籍することができます。
楽団に籍を置きながら、団員同様にオーケストラの業務をこなし、それに対して月々決められた奨学金が楽団から支払われます。
自分専用のロッカーもホールの楽屋に用意されるなど、ほぼ団員と変わらない扱いを受ける事ができます。

ゲヴァントハウスオーケストラの業務は、シンフォニーオーケストラとしての仕事の他にも、 オペラ、また、バッハの勤めていた聖トーマス教会でのカンタータの演奏など、たくさんの業務をこなしていかなければなりませんでした。

そんな中で、まだコミュニケーションもままらない僕をチェロセクションの人が優しく支えて下さり、順調にレパートリーを学んでいくことができました。

オペラ『トスカ』の本番ではあの有名なチェロ四重奏の部分を先生と弾かせて頂ける機会がありました。
先生の同僚として、一緒の舞台でソロを弾けた嬉しさは今でも忘れられません。

せっかく在籍できたし、このままドイツに残るつもりでいた僕ですが、ここで転機となったのが中国と日本国内を回るアジアツアーでした。
久しぶりに帰ってきた日本のご飯の美味しさ、店員さんの丁寧さ、日本語が通じる喜びなどに触れて一気に帰りたくなり、先生を説得した上で、地元である仙台でオーケストラに入ったのでした。

ゲヴァントハウスにて。僕はどこでしょう。探してみてください

ゲヴァントハウスにて。僕はどこでしょう。探してみてください

 

ゲヴァントハウスのチェリスト用楽屋とロッカー

ゲヴァントハウスのチェリスト用楽屋とロッカー

 

吉岡知広

劣等生の転機

2015.08.17| 吉岡知広

みなさんこんにちは、チェロの吉岡知広です。

 

僕はここ仙台で育ったのですが、

紆余曲折を経て戻ってくることになるとは我ながら驚きです。

 

幼稚園から中学生まで仙台で暮らし、のびのびと育ってきました。

チェロは6歳の時に始めましたが、もともと音楽で食べていくことは全く考えておらず、

「せっかく長く続けてきたしなぁ」という軽い気持ちで桐朋音楽高校を受験しました。

 

今思うと15歳で東京に出ると言った僕に、「好きな事をすれば良い」と後押ししてくれた両親の理解はすごいものだと感謝しています。

 

そのような軽い気持ちで入ってしまったので、僕は典型的な劣等生でした。

練習時間は1日30分未満。当然上手くなるはずもなく、ダラダラと過ごしていきました。

 

そんな日々の中転機となったのが、同級生から弦楽四重奏に誘われたことでした。

室内楽は仲間と一緒に一つの曲を作り上げていきます。そのためにリハーサル重ねるのですが、そこで自分は練習の基本すらしてこなかった事に気付かされました。

まず1日にこんなに楽器を弾くものなのか、こんなに考えながら、一つ一つ取り出し、考え、ゆっくり丁寧に反復していくのかなど仲間から学ぶ事が本当にたくさんありました。

 

そこからほぼ毎日リハーサルをした結果、学内外でも評判のグループとなっていったのです。

 

カルテットを組んだ事でまず自分の事を色々な人に知ってもらえ認めて頂けたこと、今まで心配されるくらいだった自分が成長できた事、なにより最小のオーケストラともいえるカルテットの経験を積んだ事により耳を養っていけたことは今の自分の強みであり、支えであると感じています。

在学中結成していたラジットカルテット

在学中結成していたラジットカルテット

 

吉岡知広

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